標準機

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、思い出写真集です。


 先日の、京都鉄道博物館訪問時に、平坦区間用直流機の決定版、EF65の1号機がありました(写真)。新性能直流標準色を身に纏い、窓Hゴムも、グレーのオリジナル同色を使用し、出来る限りオリジナルに復元されています。初号機で、保存機なので、こうなのでしょう。


 それで、興味があって、過去の写真を捲ってみました。


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 すると、かつてのJR東海浜松工場のイベント時に、オリジナルに最も近いEF65とされた、111号機の記録がありました(写真)。これが、EF65新製時の、オリジナルそのままの状態です。


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 同イベントでは、解体中であったEF65 106が、見られました(写真)。「ユーロライナー」色、専用機の1両でした。


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 翌年の浜松のイベントでは、同じく「ユーロライナー」塗色のEF65 112が並んでいました(写真)。塗色以外に、窓Hゴムが黒に交換されています。


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 EF65の話をすれば欠くことべからざる、65P初号機501、通称「Pトップ」です(写真)。現在も高崎で、稼働状態にあります。


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 最後の特急色65Pの1両、535号機です(写真)。この頃現役を引退し、その後時々イベントで見かけます。一般形からPに改造編入された「シンデレラP」の1両です。


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 伝説の「茶ガマ」EF65 57です(写真)。JR貨物広島車両所のイベントでの1枚です。


 65全盛期には写真を撮っておらず、最後に慌てて撮った、そんな感じの記録です。後悔が残ります。


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 「ユーロライナー」色が出ていたので、おまけです。ユーロ色の64、66号機です(写真)。


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 翌年は、同じく35号機が登場(写真)。何れも、現存しません。


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 さらにおまけ。浜松のイベントでは、欠かすことが出来なかった、ED18 2です(写真)。かつては「トロッコファミリー号」牽引機にも使用された同機、甲高い汽笛が記憶に残ります。今は、「リニア・鉄道館」保存機です。


 ここまで来ると、58もする必要を感じますが、そういう記事は、別館ブログのネタと思うので、再構成してみたいと思います。


 こういった感じで、過去の記録が出てきました。博物館へ行ったもの、公園等に静態保存されるもの、現役だったり、解体されたり、いろいろ運命は分かれました。運良く残ったカマたちが、永く残るよう願いたいですね。


 それでは、次回をお楽しみに。

上洛(後半戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回も、先回に引き続き「京都鉄道博物館」からです。


 館内放送が、入ります。「ただ今、入場制限を行っています。」とのこと。4月の開館時も1日で1万人でしたが、それに匹敵する入場があったのか。大入り満員です。


 展望テラスからは、東寺と、N700系が見えています(写真)。


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 この日の「SLスチーム号」は、大正生まれの8630(8620形)でした(写真)。SLの、ハチロクです。


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 北海道開拓使1、後の7101「義経」です(写真)。元は交通科学博物館の展示、同館閉館前に移動しました。明治期に、軸配置がモーガル、長距離形です。ポーター製、アメリカ西部の雰囲気です。


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 元はテンダ機だったものの、古くなり、入換用タンク機に改造された1080(1070形)です(写真)。形式入りのナンバーです。


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 梅小路の扇形庫は、歴史あるコンクリート建築、そのため重要文化財に指定されました(写真)。小さいのなら津山や米子にもありますが、この規模のものは他は豊後森のみ、あちらは現役の建物ではありません。


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 連絡通路から、扇形庫の全景を眺めます(写真)。17ミリの限界、もう一段の広角は、「超」がつきます。


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 そして、ジオラマに戻ります。EF510、「レッドサンダー」です(写真)。機関車もそうですが、LED3灯式の信号もリアルです。「出発、停止。」


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 阪急8000系、及び京阪8000系が並びます(写真)。阪急は、1300でも、9300でも、8300でも無く8000です。「京都線じゃないの?」とツッコミを入れてしまいそうです。


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 その横は、近鉄50000系「しまかぜ」です(写真)。ハイグレード特急、全席特急料金以外に追加料金が必要です。


 昔、ビスタカーⅢ世が30000系で、大きな番号だと思いましたが、バブル期に南海「ラピート」が50000系、今は小田急MSE60000系、東武70000系まであります。


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 287系、キハ81、103系ATC高運転台車、EF81牽引「カシオペア」が並びます。反対側には、581系もありました。


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 新幹線の高架には、おそらくW7系と、700系が並びます(写真)。JR西日本ですし。


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 E5系と、300系が並びます(写真)。F編成でしょうか。


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 中程度の規模の扇形庫です(写真)。イメージは梅小路と似ていますが、規模は遙かに小さいです。HOゲージでも、Nゲージでも、市販品の転車台と扇形庫もあります。


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 そして、貨車の展示へ。


 最初は、Oゲージの模型か、穀物用ホッパ車、ホキ2200形です(写真)。クリーム色で、他のホッパ車と区別されます。


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 車運車の名車、ク5000形、前は大型の石油タンク車タキ50000形です(写真)。


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 初期の国鉄コンテナ車、鉄板輸送用の蛇腹屋根付き無蓋車トキ1000形、大物車シキ600形です(写真)。


 貨車は本物を置けないので、本物はJRFコンテナだけです。


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 本線を、EF510-16が走行します(写真)。ジオラマと、ほぼ同じです。


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 続いて、関空行き「はるか」281系が通過します(写真)。


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 そして、出口は、旧二条駅舎(写真)。山陰本線の前身、京都鉄道の本社もあった建物です。


 改札を出てからミュージアムショップに入るのですが、入るだけで行列であったため、この日は断念しました。


 そして市電広場に寄り、お迎えのバスに乗りました。


 体調は、撮った写真にモロに出ます。精神状態が反映してしまい、後から後悔のショットとなってしまうので、止めました。増して、天候も駄目で、風邪を拗らせては仕方ありません。ということで、お許し下さい。


 それでは、次回をお楽しみに。

上洛(前半戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、「京都鉄道博物館」をお届けします。


 本来なら、昨晩から遠征に出掛け、今日も今頃どこかにいた筈だったのですが、風邪でダウンしてしまい、現在自宅です。そこで、先日バスツアーで行った、「京都鉄道博物館」ネタを、整理してしまおうと目論見、この投稿となっています。


 写真は二条城、唐門と二の丸御殿です(写真)。現在修復中で、多くの場所が仮囲い、また内部は撮影禁止で、残念でした。


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 そして、昼食後博物館へ。先ずは、22-1です(写真)。運転台が公開されており、先回行かなかったので、行列します。


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 業務用扉横すぐにATC車内装置があり、カメラリュックのため苦労して中に入ります。


 運転士席(写真)。右手の横軸ハンドルがマスコン(アクセル)、左手縦軸はブレーキ、中間に進行方向切り替えがあります。マスコン及び逆転機のみ動作可能です。壊さないように。


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 助士席(写真)。スイッチ類にはほとんどカバーがあり、操作できないようになっています。


 交通科学博物館当時、シアターになっていた同車は、車内設備が残っていないことから、現在は新幹線関連の展示が並んでいます。


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 グリーン車、16-1です(写真)。大窓車です。


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 座席(写真)。当然リクライニングシートです。ヘッドに肘掛けとシートカバーが多く、整備も大変だったでしょう。


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 当初のビュッフェ、35-1です(写真)。半室座席で、半室食堂、モハシに相当します。


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 食事室(写真)。窓側座席が特徴です。


 博多開業時に、食堂車が連結されるようになると、食事室に座席の無い37形に設計変更されました。


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 横の、20系客車食堂車、ナシ20 24の、業務用ドアが開き、材料を搬入しています(写真)。このドアも現役です。


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 同車の、調理室(写真)。配置は、ほぼ完成されたスタイルです。


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 そして、トワイライトプラザへ(写真)。EF81、EF58も、いつもどおりです。


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 オロネ24 4(写真)。末期の「日本海」A寝台車、プルマン式(開放式)寝台車です。


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 寝台の、ベッドセッティングの様子(写真)。上段は天井から開き、下段は座席を引っ張って延長し、ベッドに変換します。


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 本館に入り、クハネ581-35です(写真)。世界初の寝台電車です。


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 寝台の、ベッドセッティングの様子(写真)。オロネ24に似ていますが、3段寝台で、モハネ580、モハネ582の、パンタグラフ部(低屋根部)のみ2段寝台です。後に、サハネ581を改造したA寝台車、サロネ581もありましたが、現存しません。


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 そして、館内で気になったのが、DMH17のカットモデル(写真)。キハ58系、キハ82系まで使用されるDMH17Hの原設計機で、横置きの改設計でHがつきます。キハ65系登場まで統一されていましたが、戦前に基本設計された機関とのことです。


 そして、続きがあるのですが、ここで水入りとします。


 訪問は2回目ですが、ネタの尽きない場所です。後半もご期待下さい。


 それでは、次回をお楽しみに。

切り替え#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、仮線切り替えが行われた、名鉄瀬戸線喜多山周辺をお届けします。


 先週は、切り替え前でした。そして、16日深夜から17日未明にかけて切り替え工事が行われ、17日始発から仮線での営業を開始しています。今日は、切り替え後の姿を見に行きました。


 浜松から、一路名古屋市、喜多山へ。自由に行くことが出来るのは、車のメリットです。


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 先ずは、喜多山駅を、南側から眺めます(写真)。先日工事中だった踏切まで道路が前に出て、側線分下がっています。


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 今回廃止になった側線(写真)。かつて喜多山に検車区があった時代には重要だった側線でしたが、今回の切り替えで用途廃止、架線は残りますが鉄道車両の通行は不可能になりました。


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 おそらく3番線となった、上り線ホームへと続く通路の踏切(写真)。旧下り線に工事用の柵が立てられ、上り線のみの踏切となっていますが、仮下り線の踏切とも連動しており、旧下りホームは中州になっています。


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 従前の喜多山の踏切の、北側の踏切信号の台座(写真)。古い信号ケーブルが残っていますが、これに触ると感電するか、警察のお世話になる(威力業務妨害罪及び往来妨害罪)ので、止めましょう。


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 仮下り線(写真)。注意して見ると、右側の2番線(本線)には出発信号の中継信号があり、喜多山通過が可能な信号配置となっています。喜多山通過列車が、将来発生するのでしょうか。


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 踏切を、北側から眺めます(写真)。完全に切り替わってしまいました。


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 線路に沿って西へ歩くと、上り線も切り替えが行われています(写真)。仮線切り替えで、曲線緩和にもなっています。


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 全ての原因、瀬戸街道踏切は、仮線の新しい踏切に切り替わっています。西側からの眺め(写真)。交差角度は鋭角になりました。


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 同踏切の、東側からの眺め(写真)。当然ですが、旧線は閉鎖されています。


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 そして、喜多山に戻り、走っている電車の写真を撮りますが、絞りすぎで被写体ブレを起こし、残念でした。


 下り線、現在はまだ1番線の副本線を使用する運用は無いようです。しかし、今後の変化は、注意が必要です。


 まだまだ過渡期の喜多山周辺、高架化準備工がやっと半分出来ただけで、まだまだ先は長いです。しかし、一歩一歩進めていかなければ、進展はありません。昔のものが無くなるのは残念ですが、必要な変化として、歓迎しましょう。


 それでは、次回をお楽しみに。

さよならイベント

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、「さよなら 車体上げ・載せ作業実演」イベント in JR東海 浜松工場を取材しました。


 今年の夏のイベント時にアナウンスされ、そのとおり開催された、今回のイベント。最後の機会として期待する一方、リフティングだけで人が集まるのか疑問視する意見もあったでしょう。しかも、イベント開催日に、台風が掛かるか不安であり、実際今日の天気も台風では無いものの雨で、人が集まるには最悪の条件でした。しかし、いざ蓋を開けてみるとそれらは杞憂で、人が集まりすぎてしまった場合のシナリオで、予定では初回10時25分の筈が、特別に9時50分の実演を追加するほどでした。


 私は、昨日はバスツアーで、確かに鉄ちゃんツアーでしたが、それは別の機会として、2日連続の睡眠不足が祟り目が覚めず、ズルズルと後にずれてしまいました。結果入場が遅れ、初回9時50分には間に合いましたが、ベストポジションが取れず、残念でした。


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 入場すると、内部が随分変わってきたのに気付きました。新幹線専用工場とするようで、九州新幹線熊本車両センターのような雰囲気になっています(写真)。その一環で、天井クレーンを止め、ジャッキによるリフティングになることから、今回のイベントが開催されました。


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 そして、空いている場所へ入り、構えます。783-2052の車体は、準備完了です(写真)。



 そして、増1号車、9時50分発が実演されました。その時の、動画です。


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 ベストポジションを取りたかったのですが、総入替制のため、一旦外に出ます。そして、再び並びます。


 1号車、10時25分が間もなく開始でしたが、既に主要な場所は全部入っていて、ベストポジションは無理だったので、次回にしたいと申し出ると、「部品販売の応募をしないならば」とのことであったので、了承し、待ちます。


 この回は、後方からの眺めです(写真)。間もなく、開始です。


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 そして、予定通りこなし、この回も間もなく終了です(写真)。2号車の準備が始まります。


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 11時00分、2号車が始まります(写真)。狙っただけあって、まあまあの位置です。


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 そして、動画カメラを予備に交換し、撮っていると、途中で録画が止まります。見ると、メディアが一杯で、録画可能時間が無くなっていたのでした。明らかな不注意です。


 仕方が無いので、代理人で静止画を撮ります(写真)。目の前まで接近します。


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 今回は、通常キセで覆われている現行の新幹線の床下が、見える状態で車体上げをしている、というのも、ウリの一つでした。確かに、台枠も見えている感じがします(写真)。


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 そして、開始位置まで戻ります(写真)。


 ベストポジションで失敗したのは不注意でした。メディアのチェック等も注意したいと思います。


 正直、JR東海も、「たかが、車体上げだけで?」と思っていたでしょうが、それはもう嬉しい誤算だったでしょう。こんな雨の日に、あんなに集まるなんて、ママ鉄も含め、凄かったんですねえ!まあ、明日もありますので、まだ、間に合います。是非、どうぞ。


 それでは、次回をお楽しみに。

名月の日

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、鉄道ネタではありません。


 今日は、「中秋の名月」とのことで、昨日の天気予報では期待できませんでしたが、今日帰宅すると、月が見えています。一念発起し、一番信用できる三脚を立て、メインカメラを構えます。


 500ミリで撮った、今日の月(写真)。名月ですが、満月ではありません。


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 これで終わりにしようかとも思いましたが、CXの望遠を思い出し、再度同じ場所で構えます(写真)。


 画像はCX300ミリ、則ちFX810ミリ相当の望遠で、確かに超望遠です。一時造られていたレフレックスなら可能性がありますが、通常の800ミリレンズは150万円程度の筈で、通常の人の買うレンズでは無いので、CX300ミリは、その点は有り難いレンズです。しかも、在来のレンズ部品にコンバーターをつけたような設計では無く、一から新規設計しており、そこは真面目でした。しかし、一般向けのCX機に着けるのは、どうなのでしょうか。


 天文写真専用のデジ一があり、欲しいとは思うのですが、それでは通常の写真は色が変わってしまい、役には立たないそうです。もし買うなら、そのベースマシンと同時に買うことしか考えられませんが、そのカメラは間もなくデビューから2年です。オリンピックに合わせモデルチェンジ4年、マイナーチェンジ2年のデジ一では、一般にはモデル末期と思われ、一時のようなことが無ければ新モデルが出ない訳が無く、悩ましいです。難しいこと言わないで買って欲しい、というのが、恐らくメーカーの本音ではあるでしょうが。考えておきます。


 それでは、次回をお楽しみに。


切り替え

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、高架化準備工事の進行する、名鉄瀬戸線喜多山近辺を取材しました。


 かつて瀬戸線の検車区があった、喜多山。近辺の踏切解消のため、先ず検車区を尾張旭に移動、続いて本体の工事に取りかかり、来週一つの節目、下り線の仮線移転が行われます。そのため、その関連の変化を確認するため、今日は喜多山へ行きました。


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 先ずは、喜多山駅へ。駅前踏切は、仮線対応工事がほぼ完了、次の上り線仮線用の踏切の準備が進みます(写真)。


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 現在線の北側に、下り線、尾張瀬戸方面の仮線が設置されています。栄町側の眺め(写真)。踏切手前で分岐しています。


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 踏切を、北側から眺めます(写真)。現在線の北側に仮線があり、現在の踏切の手前に踏切信号と遮断機が用意されます。


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 入場券を購入し、駅に入ります。


 現在の駅通路の途中で、工事用の柵が立ちます(写真)。現在はここで南に曲がり、現在ホームへの踏切に続きます。


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 その柵の先は、仮線下りホームの踏切へと続きます(写真)。将来的には、今後建設される仮線上りホームへの踏切へと続く準備工が出来ています。


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 移転する配置図を見て驚いたのは、やはり下り線が島式1面2線のホームとなること(写真)。つまり、緩急併合が可能な配置になるということで、これは、今後の瀬戸線の運転形態に、重大な変化が起きることを示しています。駅近辺はほとんど名鉄の用地であり、可能とは思っていましたが、やはり、そうでした。


 現在、上り線は朝ラッシュ時、全列車普通列車という運転形態ですが、将来上り線も同様に緩急併合可能な構造になった場合、朝ラッシュの運転形態が劇的に変化することでしょう。そうすると、更に尾張旭でも、とは思うのですが、それはもう少し先の未来の話です。瀬戸線に更に増備車が見込まれることは確かですが、現行4000系の続番か、それとも新形式4200系にしてしまうのでしょうか。


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 同じ位置から、栄町側を眺めます(写真)。道路踏切手前から分岐します。


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 現在線の下り、1番線(写真)。このホームの位置に上り線仮線が建設されると、高架化工事準備工が完了、長年懸案であった工事に、やっと着手できます。


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 かつての喜多山検車区跡(写真)。この位置に下り高架線が建設されるのでしょう。緩急併合施設を建設するスペースが十分にあることは、明らかです。瀬戸市民、尾張旭市民の念願でもあります。


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 少し栄町寄りの踏切からの、下り仮線の眺め(写真)。軌陸車の重機が載っている線路が、仮線です。注意して見ると、お堀電車時代の簡易な架線柱が現在線本線上に残っているのに気付きますが、既に役目を終え、碍子等の架線支持物は無く、今回の仮線建設の際に設置されたコンクリ柱の架線支持物で架線が支持されているのが分かります。


 また、少し小さいですが、先には場内信号があり、左が低く右が高く、右側が本線、左側が副本線であることが分かります。


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 更に栄町側に進みます。すると、瀬戸街道踏切手前で、下り線も仮線が建設され、瀬戸街道踏切は完全に切り替わることが分かります(写真)。


 結局、検車区もあった喜多山駅近辺を、ここまで大規模に改変しなければならなかったのは、この、「瀬戸街道踏切」が原因です。瀬戸方面への幹線道路である瀬戸街道を、名鉄瀬戸線が踏切で横断するため、朝夕は遮断時間が長く、道路交通の支障となっていました。瀬戸方面への国道は他のルートを通りますが、長年の懸案を解消するため、検車区の移転から、時間をかけ一つずつ解消し、やっと本段階に漕ぎ着けました。


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 瀬戸街道踏切、現在線と仮線の踏切を、瀬戸街道名古屋側から眺めます(写真)。現在線の西側に、仮線踏切が設けられ、切り替え準備は終わっています。


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 同踏切を、瀬戸側から眺めます(写真)。注視すると、現在線が踏切手前でRを描き、直角に近い角度で瀬戸街道と交差しています。なお、行き過ぎてからも再びRを描き喜多山を目指しており、結果この配線が原因で通過速度が低下し、踏切遮断時間が長くなり、より道路交通の支障となっています。仮線は、もう少し鋭角で交差しており、線形が改良され通過速度も向上するものと思われます。ただ、最終的には高架化で、この踏切自体消滅しますが。


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 仮線踏切に設置された看板(写真)。交差角度の注意を促しています。


 天候が順調であれば、17日から仮線は使用が開始され、変化が生じます。僅かずつであった名鉄瀬戸線の変化が、今後劇的に変化するものと思われます。低速なお堀電車であったのは今は昔、大型の20m車が走り、線形改良も、一歩ずつ進んでいます。今後とも変化し続ける同線を、注視していきたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

World Tour

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、犬山方面を取材しました。


 8月末の名鉄のイベントで、クイズに答え投函しました。すると、名鉄経営施設のペア入場券が、懸賞で貰えました。期限も10月末とのことで、日程を確認し、早速今日使うこととしました。


 先ずは、「モンキーパーク」を目指します。


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 最初に、息を切らしながら坂を登ると、ありました。「若い太陽の塔」です(写真)。岡本太郎の製作、大阪万博前年の作だそうです。


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 遊園地に戻り、遊具を見ます。黄色い300系です(写真)。現実にあれば、面白かったです。


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 タイトー製「電車でGo」の乗り物です(写真)。山手線205系のイメージです。


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 奥の方に進むと、車体が見えます(写真)。番号は201です。これは、犬山遊園駅から走っていた、日本初の跨座式モノレール、「犬山モノレール(廃止)」の車両です。「日立アルヴェーグ式」と呼ばれるモノレールで、車両は日立製です。この成功で、現在の東京モノレールが実現しました。


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 向きを変え、先頭車101の方向から(写真)。施設の老朽化から、廃止となりました。駅跡に、この2両のみ残ります。


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 ちょっと離れて、駅ホームも入れて(写真)。営業当時は、跨線橋でした。


 通常は3両編成で運転され、多客期には2編成繋ぎ、全6両で営業することもあったようです。駅の先、駐車場になっている場所には整備工場もあり、1両長のモノレールを移動させるトラバーサもありました。


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 その先にはゲートがあり、ここからは「日本モンキーセンター」サル類動物園で別料金、大人600円です。


 少し歩き、旧「モンキーパーク」駅改札を眺めます(写真)。階段は、ドア付きの仕切りで封鎖されています。右側が出札です。


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 その前には、「モンキーセンター」のモニュメントが立ちます(写真)。


 「日本モンキーセンター」は、京大霊長類研究所を元に遊園地を併設したもので、以前は一体でしたが、現在は「モンキーパーク」と「サル類動物園」は分離されています。


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 サル類動物園ですので、世界各地のサル類、拳大の小型サルから、体重200キロのローランドゴリラまでいます。一番活発なのは、「ワオキツネザル」(写真)。時間にはこの柵の内側まで入れますが、以降は断念しました。


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 モンキーパークを後にして、続いて「野外民族博物館 リトルワールド」に移動。バスでは一旦犬山駅まで戻る必要があります。


 当然園内には鉄道はありませんので、2輪車か、3輪車か、4輪車か。最初は、インドネシアの二輪馬車です(写真)。


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 園内バスに使用される、タイの「トゥクトゥク」です(写真)。3輪車、オートリクシャより大きい乗り合い車両です。


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 ジープを改造した「ジープニー」、こちらは冷房付きのバス型車両です(写真)。「ISUZU」と書かれます。


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 インドネシアの家に飾られる、「ガルーダ」(写真)。「神鳥」と訳されます。だから、「ガルーダ・インドネシア航空」なのでしょう。


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 博物館施設は好きですが、これは建築のブログでは無いので、カットします。


 いろいろと飲食し、最後にエントランスに戻ってきます。お土産を買い、出るところに、フィリピン製「ジープニー」がありました(写真)。アメリカのジープを再利用した車両なので、こう呼ぶのだそうです。


 そして、帰途に就きました。


 最後はちょっと外れてしまいましたが、内燃機関付きで、車輪があるということでお許し下さい。私の好きな「明治村」も同じ犬山市内、是非行きたい場所です。いわば、西武の多摩湖周辺と同じなのでしょう。機会があれば、行かれてはどうでしょうか。


 それでは、次回をお楽しみに。


置き土産#6

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、北海道遠征遺漏集最終回です。


 遠征最終日、積み残したまま十分な時間が無く、しかし調整の必要があり、夕張市の「三菱大夕張鉄道」保存施設を訪問しました。


 一番の見物は、国鉄キ100形の払い下げ、キ1ですが、その後の客車も要注目です。写真は、スハニ6です(写真)。


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 同車の車内には、「近代化産業遺産」指定プレートがついています(写真)。ただ朽ち果てるのみであった一時期から、復元補修し、ここまで戻した事への、努力の賜です。


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 スハニ6の、荷物室の様子(写真)。現役当時は荷物室は床だけで、直接荷物が置かれていましたが、現在は机とベンチが置かれ、保存活動の概況が分かる場所となっています。


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 スハニ6の、座席室(写真)。背もたれにクッションが無い、ビニールクロスのボックスシートです。


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 続いて、オハ1です(写真)。三菱大夕張鉄道最長の客車だそうです。


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 オハ1の車内(写真)。こちらも板の背ズリ、ビニールクロスのボックスシートです。ダルマストーブ用のスペースと煙突用穴があります。


 客車はもう1両ありますが、それは補修中か、車内は公開されていませんでした。


 これら半鋼製客車、貨車たちは、一時荒廃し、雪の重みで転覆するほどでしたが、保存会の努力でここまで美しく復元されています。しかし、一部の心ない人が、未だに破壊することもある、とのことです。壊す人に、重要さは分からないのでしょう。永く、残って欲しいですね。


 それでは、次回をお楽しみに。

置き土産#5

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、北海道遺漏集です。


 写真は、名寄本線(廃止)上興部駅舎跡を利用した「鉄道記念館」前の、恐らく9600形のスポーク動輪です(写真)。モニュメントになっています。


 JR化前後に廃止となり、この地に鉄道があったことを語るものは、同駅ホーム跡のキハ27だけとなりました。


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 続いて、同線と全通しなかった興浜南線(廃止)の分岐駅、興部へ。簡易宿泊施設となったキハ22の横に、D51 365のものと思われる、ボックス型の主動輪が保存されます(写真)。


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 続いては、湧網線(廃止)計呂地駅跡の、スハ45 17車内です(写真)。3両目、座席が残り、談話室になっています。


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 2両目は、オハ62 91です(写真)。畳敷きの宿泊施設で、実は同駅にはコインシャワーもあり、宿泊が可能なようです。


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 続いて、同じく湧網線佐呂間へ。車両展示の公園の隅には、9600形の動輪が保存されます(写真)。郵便車スユニ50の車内は、来年以降です。


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 名寄本線終点、そして石北本線がスイッチバックする遠軽、同駅近くの公園には、保存車両の他、D51 484の動輪が保存されます(写真)。


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 そして、湧網線、網走市内の卯原内には、オハ47 508が保存されますが、こちらの車内も畳敷き、宿泊可能な様子ですが、少々汚い感じです(写真)。


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 そして、釧網本線知床斜里近くには、9600形主動輪が保存されます(写真)。9600形落成の大正期はヨーロピアンスタイルのスポーク動輪の時代で、ボックス型の動輪は、昭和10年代になってからです。


 元々は、遠征途中で投稿をカットした、動輪のモニュメントを取り上げるため開始した本連載ですが、思ったよりネタがあり、しかし予定の一週間も越えず、明日が最終回で、何とかなりそうです。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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