一石二鳥(後半戦その2)

Kanp1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、日曜日午後訪問した、京都の「梅小路蒸気機関車館」の記録です。



Kanp2  交通科学博物館を発った私は、大阪から快速に乗り、京都へ。新快速に乗るほど急いでおらず、確実に着席できました。京都から嵯峨野線(山陰線)で一駅、丹波口へ。梅小路へ行く、電車での最寄り駅です。



 そして徒歩10分あまり、梅小路蒸気機関車館に到着(写真)。旧二条駅舎、山陰線の母体の一つであった京都鉄道の本社屋も兼ねて建てられた建物で、嵯峨野線高架化で同館に移築されました。



Kanp3  同館に入ると、間もなく「スチーム号」の運転時間となりました。昨日のスチーム号牽引機は、8620形8630でした(写真)。同機は車籍は無いものの動態保存機で、8月いっぱい同機が運用に就きます。



 スチーム号の展示運転の線路は平坦で、全力行はありませんが、それなりには煙も上がります。動画も、そのうちに。





 動画は初回の運転で、圧力が十分だったらしく、煙はほとんど上がっていません。



Kanp4  同館の南側、現在も留置線に使われる側に、SL2両、客車1両が置かれます。前側には、D51 1があります(写真)。これも大阪の2号機と同じ「ナメクジ」です。



Kanp5  後にはC62 1が(写真)。オハ46 13を従えます。D52のボイラとC59の足回りで造られた、日本最大の蒸気機関車です。



Kanp6  転車台側には、C62 2「スワローエンゼル」が停まります(写真)。国鉄機関車の頂点、製造直後は超特急「つばめ」、後に北海道に移動し急行「ていね」、後に名を改め急行「ニセコ」を牽き、現役時代にも多くの記録、記憶の残る機関車です。デフレクタの「ツバメ」マークが、何よりも多くを物語ります。これに比類するのは、同18号機の「下がりツバメ」だけです。同機は動態保存、今では「スチーム号」しか牽きませんが、本線走行をすれば、集客はバッチリです。何年も前に一度、同機を品川駅で見たことがあります。



Kanp7  扇形庫の中に移動します。一番右はC55 1です(写真)。C51に始まる国産急行形SLの系譜、軽量同性能を追及し、失敗作C54を改良した機関車です。C57は、この機関車の改良型です。



 右の外壁の向こうには、休憩室とされる客車、オハフ50があります。



Kanp8  国産唯一の3シリンダー機、C53 45です。輸入3シリンダーC52の模倣で、大型大出力を目指しましたが、整備が困難であり、重軸重であったことから他線への転用がきかず、C59登場で早々に全機引退しました。45号機は、戦後一時動態復活を遂げた、数少ない残存機です。



Kanp9  C53の後継となった、2シリンダーのパシフィック、C59 164です(写真)。初号機は昭和16年製、間もなく優等列車全廃で栄光も少なく、戦後も生産を計画したものの進駐軍に停止されC62が誕生、戦後もあまり良いところはありませんでした。164号機は、昭和40年代まで呉線に残ったC59のうちの1両です。



 なお、同形の軽軸重化改造機がC60、東北と九州で活躍しました。



Kanp10  戦時形マンモス貨物蒸機、D52の最終ナンバー、468号機です(写真)。C62の母体として、余りに有名な機関車です。



Kanp11  9600に続く貨物機、D50、140号機です(写真)。D60に改造されなかった同機、筑豊での現役当時の動画も残っています。



Kanp12  貨客両用のプレーリー、C58 1号機です(写真)。「SLやまぐち」号の予備機で動態保存機でしたが、現在は静態保存されます。お召し装備を施され、デフには鳳凰が描かれています。



Kanp13  国産初の急行形パシフィック、C51、239号機です(写真)。C55、C57の充足で順次引退しましたが、239号機はお召し運用多数のC51であったため、奇跡的に解体を免れ、同館に保存されます。



Kanp14  戦時設計の入換機、B20 10です(写真)。同機も動態保存機ですが、本線走行には余りに小さく列車牽引は困難です。大型機は復活が大変なので同機が選ばれたのでしょうが、やはり本線で走れるSLの復活を期待したいですね。



Kanp15  同機の後には、1070形1080があります(写真)。同機は元々、6270形6289という明治期の輸入テンダ形SLで、後にタンク形に改造、最後は日鉄鉱業の入換機として余生を過ごしていました。引退後長く車庫内で保存されましたが、2、3年前に同館に移転、収蔵機となりました。明治期のSLの特徴を多く残し、歴史的価値のあるSLです。



Kanp16  隣は9600形9633号機です(写真)。国産初の大型SL、多数製造されましたが、相当数満州に出征、改番され中国の鉄道博物館に保存される同形機もあります。



Kanp17  隣は、C11 64です(写真)。標準的なタンク機、大井川鉄道他でも多数見られるSLです。線区を選ばない同機あたりが、動態復活に一番では?



Kanp18  その左は、検修線です。一番右側には、D51 200が頭を先に入っています(写真)。同機も動態保存機、整備中のようです。



Kanp19  簡易線用の軽量テンダ機、C56 160です(写真)。軽量かつ長距離運用が可能とのことで、90両が東南アジアに出征、多くは向こうの土となりましたが、奇跡的に42号機と44号機が帰国、42号機は靖国神社に静態保存、44号機は大井川鉄道で動態保存されます。



 名古屋でも、経営の苦しい「あおなみ線」でSLを走らせよう、という計画がありますが、多分牽引機は同機になるでしょう。



Kanp20  D51ベースの急行形ハドソン、C61 2です(写真)。東北初の特急「はつかり」の1番列車の牽引機として、同機が運用に就く動画を見たことがあります。丙線区最強の旅客機、「はつかり」仙台~青森間の本務機や、寝台特急「はやぶさ」門司~鹿児島間の牽引機を努めた形式です。一昨日は、20号機に萌えていました。



Kanp21  梅小路蒸気機関車館、扇形庫と転車台、一枚の写真にすると、こんな感じです。鉄道100年記念で設置された同館、当初SL保存館は関東地方に設ける予定でしたが、ほぼ全てのSLの整備経験のある梅小路機関区に白羽の矢が立ち、現在の姿になっています。この扇形庫も現存する扇形機関庫では最大級、現役では最大でしょう(現役でなければ、豊後森機関区跡も同程度の大きさがある)。転車台と併せ、登録有形文化財となっています。





 扇形庫の中心は転車台です。この運転を捉えることが出来ました。



Kanp22  そして旧二条駅舎の本館に戻ります。企画展として「お召し列車の今昔」という展示があり、皇族関連の貴賓室、お召し装備の展示がありました。写真は皇族用のソファー、しかし一般的にこういうものは、使われたことが無いものです(皇族を駅で待たせる、ということは、通常ありえないからです)。



 そして大方記録をとったと思ったので、同館を後にして、帰宅しました。



 今回は1080だけでも良いかなあ、と思っていたので、思ったより良い取材となりました。



 JR西日本関西地区での最も大きな変化は、223系の改良版、225系が多数運用に就くようになったことでしょう。225系の運用が増え、223系が221系を押しだし、221系が旧式車を玉突きします。関西には国鉄形も多数残りますが、だんだんその勢力は弱まっています。ここ数年が、国鉄形オリジナルの、最後の時期となるでしょう。皆さんも是非、足を向けてみてください。そのため移動の間には、色々と記録をしました。その際の記録写真は、そのうちに。



 それでは、次回をお楽しみに。

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ただいま、絶不調です。取材は怠らないつもりでいますが、次回投稿の目処が立ちません。現在OCN問い合わせ中で、復調次第お知らせします。それでは、暫くお待ち下さい。

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不調から復調し、ついでにFaceBook連携も修正しました。台風の中、大復活祭です[E:impact]といっても、復活イベントも、復活記念投稿もありませんが。
粛々と、毎週の取材を続けたいと思います。
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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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