一石二鳥(後半戦その1)

Kanq1  皆様、如何お過ごしでしょうかそれでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は一転、大阪市の「交通科学博物館」を取材しました。



 昨日は水上で足取りが途絶えていますが、その後東京に戻り投稿、そして「ムーンライトながら」に乗車しました。



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 乗車した車輌がM車だった関係で、添乗音を録りました。東京~品川間、MT54の野太いサウンドは入っているでしょうか。



Kanq2  そのまま帰っても良かったのですが、時間を有効活用しようと、大阪まで行ってしまいました。大阪駅で弁天町へ行こうと環状線に乗ると、何と桜島行き!道理で客が多いわけです。西九条で左右両方のドアを開け、乗り換え客の便を図り、ユニバーサルシティで99%の客が降ります。終点の桜島では、客は数人でした。



 乗りかけた船でしたので、安治川口で下車。安治川口の貨物駅には、コンテナ貨物電車Mc250が見えています(写真)。某運送会社がモーダルシフトの実験として、東京貨物ターミナル~安治川口間を夜中に上下1本ずつ走らせています。鉄道ファンが、撮ったこともないどころか見たこともないのに、その年のブルーリボン賞に投票、受賞しました。



Kanq3  安治川口にやって来たのは、近モリ(森ノ宮電車区)B23編成(編成表ではSA3編成とされる)、「セサミストリート」電車です(写真)。これで一駅、西九条に戻りました。しかし、阪神なんば線完成で、西九条は便利になりましたね!(近鉄電車も停まります。)



Kanq4  弁天町高架下に交通科学博物館(旧称「交通科学館」)があります。開館は常識的に10時からですが、寄り道してもまだ早い時間でした。シャッターが降りており、駄目だと思った瞬間、横の駐輪場が開いていたのに気付き、入ると、車輌展示が低い柵の向こうに見えます。



 最初は80系電車、クハ86の初期型です(写真)。「湘南電車」として有名な80系、電車では初の長距離運転が行われました。2枚窓の湘南形が一般的なイメージですが、初期には3枚窓の車輌もありました。ツートンの色は東京風、塗り分け方(金太郎塗り)は大阪風です。



Kanq5  青帯車(2等車)の隣は、230形233です(写真)。中に入ってから確認すると、汽車会社(現在は川崎重工の一部)1903年(明治36年)製造の、古いSLです。



Kanq6  開館し、中に入ります。一番前は、宮崎実験線で使用された、リニアモーターカーです(写真)。中央に軌道がある跨座式で、現在の方式とは異なります。



Kanq7  その奥には、0系新幹線、22-1が(写真)。初号車です。狭い空間で写したので、像が歪んでいます。



Kanq8  続いて、SL40号です(写真)。40号は払い下げ後の番号、鉄道省では1801号だったそうです。工部省B6ですか?



Kanq9  新しい設備は、221系のモックアップを使用したシミュレーターです(写真)。リアルです。



Kanq10  22-1の後は、16-1(グリーン車)で、それに続いて35-1(ビュッフェ)がありますが、車内は公開されていません。貫通路から覗くと、懐かしい赤系のテーブルが見えます(写真)。もう一度、中で座ってみたいですねえ!



 なお、35-1の次は、21-1(表題の写真)でした。



Kanq11  国鉄ハイウェイバス、1号車です(写真)。車も少々、飛行機も少々、船も少々ありますが、やはりメインは鉄道です。JR西日本の運営ですし。



Kanq12  21-1の向こうは、EF52 1です(写真)。昭和3年日立製、F級初の国産電気機関車のようです。末期には竜華機関区に在籍しました。



Kanq13  歩道橋を渡り、北側のブロックへ。左DD13 638(昭和42年日車)、右DF50 18(昭和33年新三菱重工・三菱電機)です。ディーゼル草創期の主要形式です。



Kanq14  横には、DD54 33(昭和46年三菱重工)があります。中量級ディーゼル機関車として期待されましたが、トラブル多発で短命に終わり、結局DD51に取って代わられました。寝台特急「出雲」のヘッドマークを付けた挿絵もありましたが、法定耐用年数に満たない廃車も多数あったようです。



 横には回転変流機、水銀整流器、地上用シリコン整流器と、交流電気から直流電気を発生させる機械の変遷、他展示がありました。



 なお、ここから弁天町駅北口に直結する専用出口もありました。



Kanq15  残念ながらそこからは出られず、歩道橋を渡り戻ります。北海道1号SL、「義経」号です(写真)。開拓使がアメリカをモデルとしたため、アメリカ製のアメリカンスタイルで、カウキャッチャーもあります。ガラス張りの展示ですが、時々外に出すイベントもあるようです。



Kanq16  日本初の気動車特急「はつかり」に使用された、キハ81です(写真、キハ81 3)。東北本線電化完成後は、「いなほ」に使用、間合いで「ひたち」にも使用されました。各線電化完成で紀勢本線に移動、最後は「くろしお」でした。電車特急「こだま」に範をとってボンネットスタイルですが、点検用にボンネットは開く構造、「ブルドック」と呼ばれました。運転台もタブレット授受を考え電車特急より低く、少し垢抜けないデザインとなっています。製造は6両のみで、量産車は貫通型のキハ82、いわゆる「白鳥形」でした。



Kanq17  端には、D51 2があります(写真)。煙突から砂箱まで一体の、通称「ナメクジ」です。



Kanq18  間には、C62 26があります(写真)。大阪のここにある、ということは宮原運転所所属の時期があった、ということでしょう。超特急「つばめ」は、2号機あるいは18号機のイメージがありますが、名古屋機関区あるいは宮原運転所所属のC62であれば、可能性はあった、ということでしょうか。



Kanq19  最後は、D51と233の間にある、20系客車、ナシ20 24です(写真)。食堂車、土休日はレストランの営業があります。今はほとんど絶滅状態である「食堂車」というものの雰囲気を、是非感じてみてください。



 まあ2回目の取材でもあったことから、こんな感じで後にしました。



 しかし、これでは午前中で終わってしまいます。午後は、どうしたのか。それは長くなるので、「その2」で。



 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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