想い出に間に合いたくて(前半戦)

Fsiq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、富士急行”下吉田ブルートレインテラス”を中心に取材しました。



 例によって昨晩自宅を発ち、未明に東京着。色々ルートはあるのでしょうが、単純に東京から、中央線で大月を目指します。途中「乗り換えです」のアナウンスに、慌てて飛び出したのは立川。乗り換え予定の八王子とは大きく違い、大失敗。これには困ってしまいました。仕方がないので次の電車に乗りましたが、結局八王子で再び乗り換え。最初から大きく予定が狂ってしまいました。



Fsiq2  八王子ではケガの功名、DE11 2001を捉えました(写真)。重入換専用機DE11の、量産型防音対策機初号機です。貨物列車の入換自体減っており、重入換機の出番は、滅多にありません。



Fsiq3  横には、今では関東でもゴロゴロしている、EH200の、トップナンバー1号機が石油タキを牽きます(写真)。運用に就く同機は初めてか(大宮車両所か、高崎の庫内では見たことがあると思います)。



Fsiq4  そして長野色115系で大月へ。大月でフリーきっぷを買い、富士急行へ。ホームでは、”マッターホルン号”が増結されます(写真)。姉妹提携により、この塗色になりました。これに乗車し、迷わず終点河口湖へ行きました。



Fsiq5  河口湖には、富士急行の車庫があります。一番奥には、1001-1101の、茶のツートン(富士山麓色)の車輌があります(写真)。車体は皆京王5000系で(台車は他車の発生品を使用)、京王の後継車6000系が全廃された今、それより古い5000系が残るのは不思議ですが、18メートル級の小型車体が手頃なのでしょう。



Fsiq6  最後の富士急オリジナルとなった、5000系「トーマスランド号」です(写真)。形態的にはどっかで見たような電車ですが、実はどこにもないオリジナルです。



Fsiq7  河口湖駅前には、今日もモハ1が鎮座します(写真)。戦前製の半鋼製電車、富士急行の原点です。



Fsiq8  丁度「富士登山電車」が、入換、出発の準備をしています(写真)。この電車も、水戸岡デザインです。



Fsiq9  「フジサン特急」が、2つ並びます(写真)。顔が違うと思いますが、元々は国鉄165系ベースのジョイフルトレイン”パノラマエクスプレス アルプス”の前3両と後3両で、中間には167系などを繋ぐこともありましたが、これのみ6両でも運用可能でした。そのため、現在も方転せずそのままの向きで走ります。



Fsiq10  2駅戻り、富士吉田、改め「富士山」駅に到着(写真)。同駅も、水戸岡デザインで今春改装しました。ホーム上屋も木材を使用しています。



Fsiq11  富士山駅出入口(写真)。ビルの入口に大きな鳥居を設置、中には「富士山駅」と書かれます。富士観光の拠点とすべく整備されました。



Fsiq12  行き違いに、JR直通の115系山スカ色3連が入線、発車しました。そして戻ること2駅、下吉田に到着(写真)。同駅も水戸岡デザインで再整備され、旧名古屋駅をモチーフに建設された当時の、シンメトリーの建築美を取り戻しました。駅構内、改札横にはカフェショップが出来、ホットコーヒーをすすりました。



 今日は駅で地元産品を扱った市が立っていました。毎週かどうかは分かりませんが、土曜日に開かれるようです。



Fsiq13  下吉田駅には、”ブルートレインテラス”が設置されました。多くのブルートレイン、最後は寝台特急「北陸」の末尾を飾った緩急車スハネフ14 20が展示されます(写真)。愛称表示、方向幕は、富士急行に因み「富士」になっています。



Fsiq14  車内の様子(写真)。オリジナルの3段ではなく改造後の2段式寝台で、モケットが全て青ではなくオレンジになっています。他は全てオリジナルのままです。



Fsiq15  線路の富士山駅寄りには、貨車が(写真)。左から、ワフ1、ト104、ワフ2です。富士急行所縁の貨車、昭和3年製の証があるとホームページに載っていましたが、雨の中確認できませんでした。



Fsiq16  間もなく同駅に八トタ(豊田車輌センター)M50編成「ホリデー快速河口湖1号」が入線します(写真)。183・189系「あずさ」色、E257系置き換え後の数少ない生き証人となっています。同駅は行き違いのための運転停車、間もなく発車しました。



Fsiq17  そして戻る方向に。高速道路(中央自動車道河口湖線)の上を、巨大なアーチ橋が跨ぎます(写真)。これは、いわゆる「リニア実験線」の橋梁です。いよいよ本格着工のようですが、フォッサマグナに本当にトンネルが掘れるのでしょうか?



Fsiq18  そして大月に到着。オレンジ色の電車、というのは今は昔、101系でも、103系でも、201系でもなく、今はオレンジの帯のE233系です(写真)。大月方面行き、昔の菱形大パンタの時代には、低屋根車(パンタグラフ部分の屋根を低く造った電車)800番台が充当されましたが、今はシングルアームパンタ、限定運用は無いのでしょうが、10連貫通ではなく6+4編成が充当されていました(写真、左右とも八トタH50編成)。



 これに乗って、次の目的地(後半戦)に向かいましたが、1回にするには量が多かったので、次回とします。



 昔からの資産と、新しい物、その共存があると思います。昔からの資産は有効に活用し、その上に新しい歴史を重ねていく、そういうことを続けて欲しいものですね。



 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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