みゆきまたなむ。

Notq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、石川県「のと鉄道」を中心にお届けします。



 昨晩自宅を発ち、夜間移動。1か月ぶりのドライブでもあり、楽しいものでした。しかし、最近の寝不足が祟り、今朝は運転が不安定でした。



Notq2  そして石川県能登地区の最奥部、珠洲市蛸島、蛸島駅跡までやって来ました(写真)。外観は営業当時と変わりませんが、全て閉鎖されています。駅入口には「本日は休業いたします。」との看板が掛かります。中には、NPO法人の資材がありました。



Notq3  駅に入り、ホームに登ります。のと鉄道のかつての蛸島終点方向(写真)。終端表示も撤去されました。



Notq4  ホームから穴水方面を望む(写真)。線路は草むしていますが、まだまだ運転可能なように見えます。



 ここからはこの程度と思い、新蛸島と言われた場所へ移動しました。



Notq5  蛸島から200メートル程西で、線路の築堤が新設道路のため途切れます。その少し西が「新蛸島」と呼ばれた、のと鉄道保存区間でした。NT102が線路上にあります(写真)が、保存状態は疑問です。



Notq6  同車の北東側の眺め(写真)。同車は動態保存され、新蛸島から数百メートル運転されていましたが、現在は新蛸島の乗車場も無く、朽ち果てるのを待っているように見えます。



 廃止間もない頃は、ネットでも「蛸島汽車」と書かれ、多数の乗客がいたようで、テレビ取材もあったそうです。しかし廃止から月日が経ち、廃止が忘れ去られると、こういう状態になるようです。実は今日は運転を期待して行ったのですが、保存会のホームページでも昨年から運転の記録が無く、やはり来るべきものが来た、という感じです。車輌の状態からも、線路の状態からも、今後の運転は非常に難しい、という感じです。実際、蛸島駅前に、記念グッズの自動販売機もありましたが、稼働状態ではなく、お金を入れたら、どうなるかなあ?と思いました。蛸島での保存活動は、事実上終了したようです。非常に残念。



Notq7  そして、のと鉄道の前線基地だった、珠洲駅跡へ行きました。車庫付きの広いヤードは駐車場と化し、ホームの一部でモニュメントが造られます(写真)。営業当時を知る人が見たら、残念に思うでしょう。



Notq8  ホームの残骸のコンクリートには、”1964-4”と刻印されます(写真)。昭和39年の築造、当時はこんな事になるなんて、思いもしなかったでしょう。



Notq9  続いて、輪島へ移動。道の駅裏には、踏切の警報機と遮断機があり、丁度作動中でした(写真)。いつ作動するかは、分かりませんでした。



Notq10  その左手、穴水方には、ホームの一部と線路、他が残ります(写真)。向こうのパネルには、NT100形が写っています。



Notq11  有名な、輪島の駅名票です(写真)。左の、能登市ノ瀬は普通ですが、右には「シベリア」と書かれます(写真)。ロシア語の落書きまでつきました。



Notq12  輪島から能登市ノ瀬を行き過ぎてしまい、能登三井へ(写真)。現在も駅舎、ホームが残りますが、線路跡は埋め立てられホームと同じ高さになっています。



Notq13  そして蛸島からの線路と、輪島からの線路が合流し、現在終点となる穴水に行きました。のと鉄道は最初穴水~蛸島間の鉄道として営業を始め、穴水~輪島間、七尾~穴水間をJR西日本から移管され大きくなりましたが、営業が芳しくなく、先ず穴水~輪島間、続いて穴水~蛸島間が廃止され、現在は七尾~穴水間の営業です。穴水駅0番線は、穴水~蛸島間営業当時の名残で、同駅始発列車用のホームです。現在NT100形最終番号で、お座敷車として残るNT127が入っています(写真)。



「NT127.wma」をダウンロード



 NT102の代わりに、今日動いていた、お座敷列車NT127のエグゾーストノートを録音しました。アイドリング15秒間、こちらもどうぞ。



Notq14 その後には、能登中島で保存されていた団臨用展望車、手前NT802、奥NT801が移されました(写真)。移動の理由、及び方法は不明です。ほか各駅に散らばっていた保線機械も同駅に集結しています。





 奥では、「試運転」と表示された現行車輌NT200形最終ナンバーNT213が、入換を行っています。動画で捉えました。



Notq15 そして能登中島には、現在も「郵便車」オユ10 2565が保存されます(写真)。郵便車という現存しない車種で、10系軽量客車として歴史的価値は高いですが、保存状態はイマイチです。



Notq16 そして移動し、砺波市の春の宿題、能登弁慶号です(写真)。チューリップ公園内のガラス張りの建物に保存されますが、横のプランターが現在同機の置かれた立場を如実に解らせます。



 そして移動、帰宅しました。



 「蛸島汽車」が、現在放置状態であったのは、残念でした。これから動態化するのも大変でしょう。月日が経つのは速い。残念でした。



 そして帰途には寄り道もし、色々撮りましたが、容量の都合で載せません。また、そのうちに。



 それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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