The Draw

Satn1



 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、近鉄大阪線旧線跡を取材しました。



 先週は休載したわけですが、結局良いネタが思いつかず、新開通した高速で車を転がし、日曜は昼寝を決め込みました。



 そして、今週のブログネタを気にしながら一週間が過ぎたわけですが、結局イベントを見つけることは出来ませんでした。といって2週連続で休載するわけにもいかず、そういえば以前行こうと思っていた青山トンネルでも行こうかと、前日にインターネット地図で位置を確認しカーナビをセット、そして今朝の出発を迎えました。出発時は雨模様、気にはなりましたが伊賀市までいくと晴れ渡り、まあいいやと強行しました。



 しかし名張はやはり雨。道はだんだん細くなり、舗装も不安になった所でストップ。通行の支障にならないよう停め、歩きます。ぬかるんだ路面には鉄板が敷かれ、一般の車には通行が困難であることを物語ります。



 そしてその先に、近鉄大阪線が見えてきます。その横に、小さなトンネルが(写真)。参宮急行電鉄時代からのトンネル、宮下トンネルです。この先伊賀上津側から、複線の新線(現在線)が分岐し、側方の新宮下トンネルを通ります。



 この写真を撮り、戻ろうと思い歩くと、さっき踏んだかもしれない場所にマムシが!もうですか!足下には十分注意しましょう。増して、近鉄の営業の支障になるようなことは、絶対しないように!



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 戻り道、新線が新北山トンネルに差し掛かり、旧線もトンネルがある筈だ、と思っても、見当たりません。おかしいと、藪に分け入ると、ありました!北山トンネル上本町方入口です(写真)。



 分け入る際に、途中切り倒した枝で腕を擦ると、かゆくなります。そう、ウルシです。マムシに、ウルシに、ハチではたまりません。つまり、ここにゴミを捨てないように、入れなくしてあったのでしょう。



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 往き道には気付かなかったのですが、進入路南側から掘り割りが見え、そこが旧線で、北山トンネル宇治山田側出口でした(写真)。不法投棄があまりに多く、あまり見たい姿ではありません。



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 一旦車に戻りましたが、続きが見たい。カメラの水分を拭い、向きを変え再び出発しました。



 旧線谷奥トンネルは、養鶏場(私有地)の裏手に当たり、両出口は見えません。養鶏場の外を回り、覗くと、三軒家トンネルのポータルが見えます(写真)。



 ついでに谷奥トンネルのポータルも見たい気がしましたが、線路跡の堀割は深く、とても降りられる高さではありませんでした。



 そして車に戻り、次の目的地に向かいました。



 なおこの近辺は、2軒の養鶏場の裏手になりますので、防疫上の理由から場内への一般人の立入は禁じられています。養豚ほどではありませんが、場外でもそれなりの臭いもありますので、それなりの対策を講じて行かれた方が良いと思います。



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 そして国道165号に戻り、西青山近くまで行くと、近鉄の橋梁と、その横に並ぶ橋脚が(写真)。ここが先ほどの三軒家トンネルの反対側で、橋を渡ると新線は西青山、旧線は三軒家信号場になります。橋脚は旧線の橋梁跡で、計4本ありましたが、1本は国道の線形改良で撤去されました。



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 そして新線西青山駅前には、登り階段があります(写真)。この上が、旧線跡です。



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 階段を登ると、広い空間が(写真)。西を見ると、新線が見えます。ここが三軒家信号場跡になります。



 この位置に新線の西青山駅があるのは、この東側がすぐ「新青山トンネル」だからです。因みに同トンネルは、現在民鉄最長直線区間です。



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 ここに階段が設けられているのは、旧線跡が遊歩道になっているからです(写真)。先週来れば桜のトンネルだったのでしょう、今日は葉桜のトンネルです。



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 続いて、東に約1キロ移動すると、乗馬クラブがあります(写真)。この場所が、昔の西青山駅の跡です。以前はホーム跡に建物が建っていたようですが、改築で跡形が無くなってしまいました。



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 ここは私有地、乗馬クラブ職員の許可を受け奥へ入ると、水路の両側に二つの橋台が見えます(写真)。これは、旧西青山駅の線路分岐の跡です。



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 そして、職員から「柵から先には入らないでください。」と言われ、その柵から眺めると、トンネルがあります(写真)。これが参宮急行電鉄の運命を決めた「青山トンネル」です。長さ3キロあまり、当時の私鉄最長トンネルでした。参急といい、南海高野線といい、大阪の私鉄は長大なトンネルを掘っています。なお手前の鉄塔は近鉄の送電線鉄塔で、柵の先は近鉄の管理地、無視して入るファンが多いらしく、そういう注意が必要なのでしょう。



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 トンネルポータル上方には扁額があり、右から「徳無彊」と書かれているようですが、垂れ下がった竹のため、全部を写すことは出来ませんでした。正直柵を越えたい気はしましたが、トラブルの元となると思い、止めました。



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 そして今回最大の難所、旧東青山駅です。公共交通機関での訪問は不可能、車で途中まで行き、最後は歩く、と書かれ、「ほんまかいな?」と思いましたが、実際行くと、途中で車は降りざるを得ませんでした。結局途中のキャンプ場の駐車場に車を停め(有料)、歩きました。



 徒歩約20分、舗装はコンクリートで固めた部分が大半を占めましたが、上には枯れ枝が多数散乱し、スリップの可能性が高かったです。更に最後には車でも厳しい急勾配になり、道幅の狭さと相俟って、軽クロカン4WD、しかも運転に慣れた人でなければ困難な道で、免許歴18年の私でも、車を置いたのは正解でした。そして、きつい坂だなあ、と思った途中で一服かな?と思った、その場所にありました!旧東青山駅です(写真)。島式及び対向式ホーム各一つが見えます。



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 天候は雨と霧で、精密光学には危険な水分です。線路跡に立ったものの、周辺は霧に包まれ何も見えません。長大トンネルの合間の、信号場に毛が生えた程度の駅で、猫の額ほどの土地にある、とは思ったのですが、周辺が全く分かりません。青山トンネル側(写真)。視界5メートル程度です。



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 同じく 滝谷トンネル側(写真)。



 帰宅後、資料を確認すると、駅のすぐ前後に両トンネルともあるそうで、調査不足を身にしみて感じました。再調査が必要です。



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 車に戻り、次は現在の東青山駅前に広がる、四季のさとへ。「四季のさと」と看板の掛かる場所が、垣内信号場跡地だそうです。その上本町方を目指すと、途中にゲートが(写真)。その奥には、更に金網のゲートが見えています。この先に二川トンネルがあるとのことですが、資料にも記録が残っていません。



 垣内信号場(正確には垣内西信号場~垣内東信号場間)は複線で、行違いが可能な構造、線路跡は広くなだらかでした。



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 その東側には、総谷トンネルがあります(写真)。資料ではこのトンネルを抜け、次のトンネルまで写していますが、現在はこのトンネルの手前から通行禁止とされています。なお、右手(南側)には、現在の近鉄大阪線が通ります。



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 車を置き、更に遊歩道を歩き、溝口トンネルまで行きたかったのですが、残念ながら「四季のさと」閉園時間となり、それは不可能となりました。また次回です。



 そして今日最後の目的地、猪の倉温泉橋へ行きました。橋の下には川と旧線が走ります(写真)。



 そして帰途に就きました。



 やはり今回の取材がやりやすかったのは、旧線跡に沿って近鉄が高圧鉄塔を建てたため、目標を捉えやすかったからです。再度訪問する機会があったら、旧東青山は悔いが残るので、きっちり写したいと思います。



 雨の中、取材を敢行したため機材は濡れ、手入れが大変でした。壊れないよう、カビが生えないよう願うのみです。しかも山中分け入った関係で、服も靴もドロンコ!お気に入りのスニーカーを、一足駄目にしてしまいました。あーあ、どうしょう?



 それでは、次回をお楽しみに。

コメント

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No title

こんばんは。
いつもながら広い範囲での取材には感心するばかりです。
参宮急行時代からの旧線跡となれば近鉄ファンの私としては
気になるのですがニョロニョロが何よりも苦手な私には
肉眼で見る事の出来ない風景でしょうね。
あの名車2200系が駆け抜けたシーンを想像するだけで
胸が熱くなりますね。
これからも色んな”Tetsu”を楽しみにしています。

No title

ご訪問ありがとうございます。あの日は雨と霧で大変でしたが、なんとか取材が出来ました。
そうですね、このルートは昭和40年代まで歴代の名車達が通った道で、その時代に思いをはせると、感慨深いものがあります。しかし「四季のさと」横の総谷トンネルでは「東垣内衝突事故」もあり、結果新青山トンネルを中心とした線路切り替えが行われました。今では何でもない峠道ですが、昔は電車の性能ギリギリで越えた峠道だった、ということを忘れないようにしたいと思います。なお、サミットの旧「東青山駅」は心残りなので、また機会があったら行きたいと思います。
なお今回は、「鉄道廃線跡を歩く」シリーズを元に取材しましたが、同誌によるとここはマムシ及びハチ要注意地帯なのだそうで、夏は避けた方が良いでしょう。冬の晴れた日なら、どちらも冬眠中で、可能性はあります。機会があったら、是非どうぞ、と言いたいですが、苦手はなかなか難しいですよね。そのうちに行く再取材に、是非ご期待ください。
最後に、コメントありがとうございました。
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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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