冬休み#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日の帰り道です。



 今回の取材の主眼は、「青春18きっぷ」を使用して、現在も残る最後の「連絡船」に乗ることでした。「青函」(ヒワイではありません)、「宇高」共に廃止され、細々とやっていた「仁方・堀江」も今は無く、現在は「宮島」のみです。そのため、鳥取に行くべき所を広島に向けたのでした。



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 先ずはJRで宮島口へ。JR駅からは、一旦地下道を潜る必要があり、カートを牽く私には大変でした。どうせなら地下道をもっと延長し、駅からターミナルまで繋げるのが理想ですが、それは沿道の店舗からの理解が得られないでしょう。まあ、エレベーターが交差点の四隅にあるので、それでよしとしましょう。



 そして道の正面がJR宮島連絡船のターミナルです(写真)。隣は広電系の宮島フェリーで、広電からは地平で連絡しているのが羨ましい。広電も、昔は「己斐」(読めますか?広島球団は何?)から先は鉄道線でしたが、今は広島駅前からシーメンス製LRT「グリーンムーバー」が直通します。なお、広電のフリー切符では、宮島フェリー付きも選べます。



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 丁度出港間近であり、本当に「渡りに船」でした。そして乗船すると、右手に鳥居が見えてきます(表題の写真)。厳島神社です。JR連絡船の宮島行きは、同神社の鳥居前まで寄ってから入港します。



 10分ほどで宮島桟橋に入港。船は、「みせん丸」でした(写真)。短区間用小型カーフェリーで、両正面のダブルエンダー、桜島フェリーなどで見られる形です。接岸したら、船員は反対向きのブリッジに移動、すぐ折り返せます。



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 隣では、「ななうら丸」が、正月輸送に備え待機しています(写真)。



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 そして桟橋を渡り、宮島ターミナルへ。改札は、どちらの船会社も宮島側にあります。改札を抜け、ターミナルを写します(写真)。以前来たときは改築中でしたが、現在は見たとおり、両社の共用する建物となっています。



 常識的に考えて、ここまで来たら厳島神社に参拝し、縁起物のシャモジを買ってくるべき(「もみじ饅頭」島でもあり、お土産の「もみじ饅頭」も入るでしょう)ですが、雨がだんだん激しくなり、記憶では未舗装部分もあった気がしたので、断念。次の便で帰ることとしました。



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 そこに、「みやじま丸」がやって来ます(写真)。これが一番フェリーの形が分かります。前後に接岸部があり、どちらも正面です。



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 そして宮島口に戻ります。電車は広セキ(下関総合車両所)C-34編成、115系です(写真)。同列車は、呉線「広」行きでした。



 当初は山陽線でセノハチ経由で帰る予定でしたが、昨日のアレを確認したい。結果遠回りでしたが、再び呉線に乗ることとしました。



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 そこで良い気分でウトウトしているうちに、広島を過ぎ、広島運転所も、JR貨物広島機関区も過ぎてしまいました。EF67後継のEF210 300番代が入線し、試験中とのことで、昨日も真っ暗な中に確認しましたが、今日は写真がありません。



 そして「坂」で単線になり、「呉」を通り、終点の「広」へ。呉線は、山陽本線のセノハチの急勾配をバイパスする準幹線で、戦前は軍港呉への軍事路線、戦後は線路等級の優位を利用した大型旅客SLのC59、C62最後の楽園として、多くのファンの通う場所でした。そのとおり、勾配抑速ブレーキの装備の無い113系も通過可能な路線です(写真、広ヒロ(下関総合車両所広島支所)P-14編成)。



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 乗って来たのは右の115系、ここから三原へは左の105系です(写真)。本当に、相生以西は黄色です。



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 途中、竹原に停まります。竹原は、ニッカウヰスキーの創始者、竹鶴政孝の故郷で、江戸時代から続く造り酒屋「竹鶴」の一族とのこと(写真)。仙台ではありませんでした。



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 間もなく、海沿いに出ます。先ずは、本四架橋「多々良大橋」です(写真)。斜張橋、複雑な荷重計算がコンピューターで出来るようになって、初めて設計可能になった橋です。



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 三菱重工工場敷地に留置される車両は、やはり「リニモ」廃車編成でした(写真)。3両編成、外吊戸、足回り構造等まさにそのものです。早く、新天地が見つかると良いのですが。



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 続いては、本四架橋「因島大橋」です(写真)。斜張橋には長いのか、通常の吊橋です。



 もう一駅で三原、というところで行き違い停車。来たのは「瀬戸内マリンビュー」で、浮き輪にオールの正面飾りは片方が大きなシャモジに変わり、「清盛マリンビュー」になっていましたが、写真はボツです。



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 三原で少々時間があったので、遅い昼食として、駅弁「たこめし」を買いました。やはり、港町では海産物を食べねば、勿体ない。



 糸崎を過ぎると、間もなく尾道です。尾道の対岸が、因島です。写真手前は本四架橋の「新尾道大橋」で、奥が県道の「尾道大橋」です(写真)。何れも斜張橋、習作から本格的な橋梁が出来ました。



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 岡山県に入り、浅口市笠岡駅近くには、井笠鉄道(廃止)の旧式ナロー気動車が保存されます(写真)。運転台前には荷物用バケットがあります。車では停まる場所に困りますが、電車ではここから内陸の井原へと続く路線跡は辿れません。



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 そして、岡山へ。駅西に広がる岡山電車区には、117系「サンライナー」が停まります(写真)。6連だった117系は岡山地区に転出し4連になり、余ったモハユニットは115系3500番代を名乗り、115系3000番代先頭車が用意され115系に編入、後に115系一般形に先頭が変わったものもあります。しかし何れも、今後黄色に塗色変更、この塗色も無くなる運命にあります。



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 そして岡山、相生で乗り換え、姫路で乗り継ぎ時間がありました。そこで夕食を買いました(「今川焼きもだろう!」と言われそうですが、その通りです)。列車を待つその前には、播但線103系3500番代が2編成連結され、停まります(写真)。間もなく、帰庫しました。しかし、103系も、激減しましたねえ!



 播但線も、全線電化すれば良いような気がしますが、トンネル断面が小さいところもあり、そのままでは電化できず、新たなトンネルを掘り直す必要があるので、未だ立案されません。結局同線を通る特急「はまかぜ」も、新型気動車キハ189系という決着になりました。



 そして日没、帰宅しました。



 今日は雨で残念でしたが、また宮島も行きたいと思います。広島機関区も要注意で、再度訪問の必要を感じます。しかし、それは、いつのことか。まあ、近い将来、としておきます。



 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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