追憶の場所

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日の後日談、熊ノ平信号場跡地を中心にお届けします。



 高崎駅を早々に発った私は、帰途に。帰りは、行きとは少々異なるものの山岳ルートを指示したので、走ると、信越線横川~軽井沢ルート(部分廃止)に沿って走る、国道18号線旧道をカーナビが指示。早速、坂本宿一番山側のドライブインで売る、伝統の「力餅」(元は熊ノ平駅前にあったが、同駅の信号場格下げにより、現在地に移転した)を買い、車を進めます。煉瓦の「めがね橋」前にも駐車場が出来たなあ、と思い走っていると、不意に何もない場所に駐車場と階段があります。バス停もあり、見ると「熊ノ平駐車場」と書かれ、興味があったので車を停め、階段を登りました。



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 階段の先には線路跡が広がります。左側は軽井沢方、左から道路トンネル、下り線(軽井沢方面、山は登る方向)、上り線(横川方面、山は下る方向)です(写真)。かつては道路トンネルのみがアクセスルートで、関係者以外立入禁止でした。



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 手前側は下りホームです(写真)。かつては駅であり、長大なホーム跡が残ります。



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 奥は、上りホームです(写真)。こちらも長大、真ん中に何かがあります。



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 それは、信越本線最大の難工事であった、碓氷線の殉難碑です(写真)。崩れているのを修復していますが、これは関東大震災時に崩れたものです。



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 その碑文の解説です(写真)。



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 その横には、熊ノ平駅の解説がありました(写真)。碓氷線開業当時に行き違い場所として設けられた駅で、昭和38年粘着新線(アプト式廃止)に伴い信号場に格下げ、長野新幹線開業に伴い廃止となりました。



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 横川方を望む(写真)。左から上り線(山を下る方向)、下り線(山を登る方向)、アプト旧線トンネルです。アプト旧線は、現在横川から熊ノ平まで遊歩道となっています。



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 昭和25年に同駅で土砂崩れがあり、国鉄官舎にいた50名が生き埋めになった時の、殉難碑です(写真)。かつては上り方にありましたが、移設され、現在の位置になりました。



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 その横には、「熊ノ平神社」と書かれた、稲荷社があります(写真)。



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 下りホーム中間には、粘着新線当時の変電所があります(写真)。なお、アプト式旧線当時は、丸山に煉瓦造りの変電所があり、現在も建物が残っています。



 そして、階段を下り車に戻りました。



 長年行ってみたいと思っていた熊ノ平に行くことが出来、良かったです。なお、健脚な方ならここまで遊歩道があるので、横川から歩いてみては如何でしょうか。



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 帰り道、国道19号に入ると、奈良井のことが思い浮かばれます。先回の木曽森林鉄道の取材の際も訪問できなかったので、寄ってみようと思いました。



 有料駐車場内に、C12 199が保存されます(写真)。中山道奈良井宿の南側に当たります。



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 奈良井駅すぐ南、線路の反対側には、かつて森林鉄道のDLがあった記憶があるので、探すと、朽ちる寸前の姿で残っていました(写真)。かつての記録では、酒井製作所製のDLでした。



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 その後の客車もありますが、こちらも同様です(写真)。更に運材車が続きます。誰からも忘れ去られ、間もなく朽ちていくのでしょう。



 そして帰宅しました。



 動画処理ソフトが遂にトラブルを起こし、YouTubeは暫くおあずけのようです。すみません。



 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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