不安な日(後半戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、名鉄三河線を中心に取材しました。




 昨日のたったあれだけの投稿に夜中までかかり、しかもスマホの調子が悪く、午前様に。そして朝起き、まあいいやと思って、迂闊にも二度寝をしてしまい、既に日は高くなっていました。これはマズいと、慌てて乗り鉄用リュックを引っ提げ、出発しました。




 最初に向かったのは、知立。知立からは、三河線の、通称「海線」及び「山線」が分岐します。海線の電車は、6040始め2連でした(写真)。




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 同編成の前後には、青色の「三河線100年」の系統板が入っていました(写真、6040)。




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 そして終点、碧南へ。碧南では、記念台紙の配布と、抽選会をやっていました(写真)。刈谷と碧南中央の、スタンプのある硬券入場券を提示すると、左側で記念の台紙が貰えます。また三河線電車カード4駅分を提示すると、右側でガラガラポンが1回引け、キーホルダー、マグネット他グッズが当たります。私は系統板キーホルダー(「三河線100年」の赤と青の系統板を表裏に模したキーホルダー)が当たりました。




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 ホームに戻ると、1番線の先に6002F4連が停まっていました(写真)。




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 2番線先の、現在の三河線終点(写真)。かつては、ここからキハ20または30が吉良吉田に向け走っていました。しかし、架線を外し内燃化した時点で、危機を感じるべきだったのか。




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 暫くすると、6038Fがやって来ます(写真、新川町にて)。




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 6038Fの前後には、赤の「三河線100年」の系統板が装備されます(写真)。




 これを撮ったので、知立に戻り、次を目指します。




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 知立から新安城に向かい、西尾線列車を待つと、結局次の吉良吉田行き急行になりました(写真、6022F)。同時期の6000系は多数瀬戸線に入線し、ほとんどが引退、間もなく移籍組は全滅になります。この編成は、運が良かったのか、どうか。




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 そして終点吉良吉田で、乗り換えです。ホームとホームの間に、中間改札が設けられています(写真)。ICカードは、ここで精算済み券との交換が必要です。




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 この先はワンマン区間、料金は車内の料金箱に入れます。車両は6000系初期形の連続窓2連、乗ったのは、6011Fでした(写真)。ワンマン改造車、広見線新可児~御嵩間と共通運用です。以前は方向幕は白で、系統板に「吉良吉田~蒲郡、ワンマン」と表示していましたが、今は方向幕で表示します。




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 そして、電車は蒲郡に到着します。1番線終点(写真)。線路右(南側)に立つ「53」キロポストは、ここが終点であることを物語っていますが、起点は、新安城?刈谷?知立?よく分かりません。




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 そして折り返し、吉良吉田に戻ってきます。左から、(使用されていない)1番線、そこから分岐するワンマン車専用2番線、右分岐が新安城方面3番線、その手前の右分岐が、あまり使用されない4番線です(写真)。




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 吉良吉田からの急行は、5700系5705Fでした(写真、5805、知立にて撮影)。6000系と同時期の製造、6000系が100キロ車なのに対し、こちらは110キロ車、かつては特急一般席や高速などに使用されました。同様のスタイルの5300系もあり、これは(旧)5000系及び5200系の、冷房車体を新製したリサイクル車、一部に廃車が発生しています。また、その余剰先頭部と、5700系6連短縮による余剰車をニコイチした5600系(1系列1編成4両)もあり、珍車に入ります。




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 5700系は、パノラマカー7000系の流れをくむSR車、パノラマ全面展望とはいきませんが、それに近い前面展望が楽しめるよう運転台部が設計され、非貫通の正面は左右非対称、右側は眺望も良いです(写真)。スピードメーターも装備されています。




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 西尾線はかつて独立した鉄道会社で、南安城から(国鉄・JR)安城まで支線がありました。その、分岐点と思われる場所(写真)。複線用地のようですが、左に下がっており、これはJR安城の向きです。この先廃線跡は、一部痕跡が残る、とのことです。




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 そして再び知立で下車、今度は三河線山線へ。ワンマン対応の6042Fで、現在の終点猿投まで来ました(写真)。後は、猿投検車区(現在は新川検車区の支区)です。そこへの入出庫の関係で、線路自体は数百メートル先まで続いています。




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 豊田線分岐の梅坪を過ぎ、豊田市を過ぎ、上挙母へ。かつてはこの駅から挙母線が分岐し、松平家の菩提寺である大樹寺まで走り、同駅から岡崎市内線を経由し東岡崎、及び(国鉄・JR)岡崎まで接続していました。現在は双方とも廃止され、保線車両が通る線路として、分岐の跡が残っています(写真)。同線廃線跡の大半は愛知環状鉄道に取り込まれましたが、田んぼの中の大築堤も残ります。




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 そして三河知立駅北方には、ここから分岐し名古屋本線の知立信号場に入った貨物線がありましたが、現在は廃止され、分岐が残っています(写真)。廃線跡は一部残っています。




 そして一駅で知立、乗り換えは快速特急を待っても良かったのですが、途中で抜かれる急行の座席が空いていたので乗り、帰宅しました。




 今日は瀬戸線には乗りませんでしたが、一番の目的である抽選会に参加し景品も貰え、良かったです。また、次回でしょうか。




 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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