晴れた日に

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、武豊線方面を取材しました。




 愛車が引退となり、乗り換える関係で、今日は洗車を。しかし洗車してもあまりきれいにならず、ガックリしています。そしてミラーレスを持って転がしていると、たまたま鉄道施設の側を通ったので、車を停めました。




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 その場所(写真)。円形のテントとなっています。




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 それは、武豊線の旧「武豊港」停車場(廃止)の、貨車方向転換用の、転車台です(写真)。石油タンク貨車を、1両ずつ進行方向を変えるのに使用された、とのことです。戦時中近辺に石油関連施設があったからですが、現在は遺構としてのみ残ります。




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 側には、「転車台ポケットパーク」という、JR東海形の駅名標を模した看板が立ちます(写真)。




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 その向こうには、石碑が建ちます(写真)。



 同所は、東海道本線東海地区建設のため、武豊港から建設を開始した関係で、東海地区で最初の鉄道開業区間となっています。その後武豊駅移転で一旦廃止になりましたが、戦時に「武豊港」として復活、しかし戦後また廃止となり、現在に至ります。武豊線開業100年を機に、この転車台近辺が公園として整備されたそうです。




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 続いて、半田へ移動。半田駅北東方には、C11 265が保存されます(写真)。手入れが行き届き、非常に美しいです。




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 その横には、「半田市鉄道資料館」があります(写真)。毎月第1、第3日曜日に開館します(1月のみ異なります)。




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 そして、半田駅の中には、写真のような表示があります(写真)。




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 その近辺は、写真のようになっています(写真)。




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 それは、この跨線橋です(写真)。明治43年に建設された、JRで最古の跨線橋だそうです。主要部分のみ金属で、他は木で造られています。電化工事のコン柱が写真に入ってしまい、早く来るべきであった、と反省しています。




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 駅側の橋脚部(写真)。歴史ある鉄柱が4本立ちます(写真)。後には、煉瓦造りの油庫があります。




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 ホーム側の橋脚(写真)。こちらもクラシカルな鉄柱4本で、後の工作でしょう、筋交いが入っています。




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 丁度ワンマン普通武豊行き、キハ25 2始め2連が入線(写真)。JR気動車初の編成番号、P2編成を名乗ります。車号が示すとおり1エンジン車で、電化後は太多線へ移動でしょうか。以前高山で、P1編成の走行試験に出会ったことがあります。




 今日はネタ切れの状態で、取材のイメージが湧きませんでしたが、何とか行ってきました。明日以降も、検討したいと思います。




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 おまけ。半田市には、明治後期に、ドイツ式の製法を直輸入した「カブトビール」というビール会社がありました。主に中埜家(酢の「ミツカン」創業家)と盛田家(日本酒「国盛」蔵本、ソニーの盛田氏の実家)が関与し、煉瓦を一個一個磨いた煉瓦造りの工場を建設、ドイツ製の機械とドイツの職人を呼び寄せ、本格ビールを製造しました。後の不況で清算、その後紆余曲折を経て現在の姿になります(写真)。なお、北側には銃痕も残ります。中は、約30度の気温にもかかわらず涼しく、発酵には適した環境である、と思いました。




 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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