昂奮して嗚咽して、

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、「新春1DAYフリーきっぷ」を使用して、名鉄を取材しました。


 大晦日に帰宅して、正月の投稿を終え、以降は寝正月でした。しかし前売りの切符の引き換え有効期限が今日であり、明日にはただの紙切れになってしまうため、今朝は早めに起き、最寄り駅へ行き、きっぷに交換。明治村+モンキーパーク、リトルワールド、南知多ビーチランドのいずれかの割引券が付属し、これは別の日でも良いとのこと。後日、また行ってきます。


 スタートは名古屋本線、快速特急から(写真)。車番の記録も忘れました。


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 この時期は、通常快特の停まらない国府にも停車。階段を登り5、6番線へ。普通豊川稲荷行きに乗車(写真、豊川稲荷にて)。6503Fです。


 豊川稲荷駅から、豊川稲荷に参拝。東京都港区赤坂の豊川稲荷の、本社です。参道には「いなり」をアレンジした食料品が売られ、一部は早朝から行列が出来ていました。


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 豊川稲荷駅に戻ると、列車は6930始め2連(6830F)でした(写真)。国府まで戻ります。


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 国府駅下り普通ホームには、5652始め4連、5601Fが停まります(写真)。珍車です。普通東岡崎行きですが、東岡崎で長時間停車後、そのまま行き先を変え続行運転されます。


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 東岡崎でカードをゲット、続行普通で新安城へ。同駅1番線蒲郡方には、10tクラスでしょうか、クレーン付きモーターカーが留置されます(写真)。列車は寸手のところで吉良吉田行きを逃し、次の普通西尾行きに乗りました。


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 西尾で、行き違い列車は6002F急行佐屋行きでした(写真)。6000系初期車、三河線ワンマン対応車ですが、こういう運用もあるのですね。つまり西尾線~津島線急行のスジは、100キロ車でも可能な運用である、ということです。


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 続いてやって来たのは、3508F急行吉良吉田行きです(写真)。結局15分足止めとなりました。


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 吉良吉田から先は、蒲郡線ワンマン区間です。元々は西中金~豊田市~知立~碧南~吉良吉田~蒲郡と続いた旧三河鉄道の一連の路線でしたが、西中金~猿投間と碧南~吉良吉田間の利用者が少なく、その区間の電化を廃止しLEカーに置き換え(内燃化)したものの、結局廃止となりました。


 吉良吉田~蒲郡間も利用者は多くなく、結果蒲郡以外は駅員無配置、列車は料金収受も行うワンマン運転になっています。ICカード化がもう少し早ければ、全駅タッチセンサーとなったでしょうが、吉良吉田のこの中間改札で精算、という形態になっています(写真)。


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 使用されるのは、6000系連続窓の初期車の2連、3編成が90分パターンで入れ替わり、30分ヘッドとなっています(写真、6012F、蒲郡での撮影)。


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 6012の系統板(写真)。蒲郡市市制60周年です。


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 再び吉良吉田に戻り、接続する急行で神宮前、カードを受け取り、次に来た新鵜沼行き特急に乗車。犬山遊園で下車(写真)、犬山成田山(成田山新勝寺の別院)に行きました。


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 犬山遊園上りホーム横の支柱(写真)。これらはかつて営業していたモノレール線の残骸です。同駅から犬山成田山を経由して、日本モンキーパークまで走る、跨座式モノレール(日立アルヴェーグ式)で、東京モノレールの原型でしたが、老朽化に伴い廃止、現在は廃線跡も撤去が終了しています。


 そして犬山成田山を参拝、記念品を受領し、駅に戻ります。正直日陰には大晦日の雪が残っており、滑って大変でした。


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 そして駅に戻り、乗車。駅すぐ北は、元は道路併用橋であった犬山橋です(写真)。現在は別途道路橋が架かり、分離されました。


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 列車は新鵜沼から岐阜を目指します。向こうからは珍車、1384系がやって来ます(写真)。1編成のみの存在です。


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 各務原市役所前~市民公園前間は駅間僅か600メートル、次の駅ホームが見えています(写真)。


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 細畑~田神間で、線路敷が広くなります(写真)。これは美濃町線(廃止)の支線、通称「田神線」の跡で、この辺りが1500Vと600Vのデッドセクション、電圧切り替え地点でした。


 乗換駅でもあった田神は、軌道線ホームが撤去されただけでなく、駅ビルも解体され、無人駅となっていました。


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 そして、名鉄岐阜へ。地平の5、6番線の横に、現在は電留線となった7番線跡が見えてきます(写真)。7番線は軌道線車両用ホームでしたが、600V区間全廃で廃止されました。


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 岐阜でもカードをゲット、最後に太田川でもゲット、4枚の裏を合わせると1枚の写真になります。それは、集めた人だけの特権です。


 太田川からもう少し乗りたい、と思い待っていると、河和行き急行が来ました。どうせ行くなら内海まで、と思いましたが、分岐点富貴で20分待ち、撮影困難時間帯となりそうだったので、断念。今日の最南端は河和です(写真)。河和線は河和口~河和間が単線、つくづく名鉄はシーザスクロッシングを嫌っているのだ、と思います。


 車内で、荷物を座席に置き、3人分を独占する人がいたので、見てみると、荷物をワイヤーロックで固定、絶対に誰も座れないようにしていました。まあ、終点で降りて、止めるだろうと思ったら、ギリギリで錠を外し、河和で一番に下車。「あいつは、トップガンだ!」と言ったそこに待ち構え、再び折り返し列車に乗車。美浜町民でも、南知多町民でもなく、何のために名鉄に乗っていたのか不明ですが、大人げない行動は、馬鹿呼ばわりされる元凶なので、注意しましょう。


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 そして、再び太田川で下車。階下に降り、乗車した列車は3511F、空港準急です(写真)。


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 何より驚いたのは、運転台後の情報案内が、落成時のLEDではなく、フルカラー液晶に変わっていたところ(写真)。右半分の情報欄は、何も無い時は速度計になりました。なお、120キロ時の乗客が表示されるかどうかは、不明です。


 名古屋で、ラーメンといえば、やはり「台湾ラーメン」です。「台湾ラーメン」といえば、一番有名な「ああ、あの店か。」という店があるのですが、そこは市内中心部、地下鉄に乗る必要があります。しかしその直営店が、セントレアの店子になっていることを思い出し、セントレアに行きました。行列20分、注文後5分待ち、生ビールも注文し待っていると、来ました、とびっきりの一杯が!写真を撮るのも忘れる程腹が減っていたので、水を飲むと食べられなくなる、と気をつけ、その辛い汁を8割飲み干すまで辿り着きましたが、そこで咽が痙攣したのか、咳が止まらない!「台湾ラーメン」のオリジナルレシピを食する昂奮と、激辛の肉汁が原因の嗚咽で、大変でしたが、何とか完食しました。ただ、それは店員に言わせると「レベル3」だそうです。皆さん、名古屋にしか無い「台湾ラーメン」を食するのは良いですが、甘く見て「レベル4以上」のトラブルを起こさないよう、気をつけてください。


 そして、帰宅しました。


 今日は初詣に豊川と犬山に行き、願掛けしました。そして最後は満腹、香辛料で一時変調しましたが、今は大丈夫です。「ウー。まずいい!」次回こそは、本店でしょうか。


 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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