雨天の筈が#7

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は土曜日最後、青梅鉄道公園の車両をお届けします。


 川口市で撮影の後、手持ちの目的地入り地図の打ち出しを切らしてしまい、しかしまだ時間がある。「そうだ、あそこへ行こう!」と思いだしたのが青梅。ナビに入力するも、2時間足らずで行けそうであったので、行ってみることとしました。


 途中、ナビは川越街道を指示。「りっくんランド」の前を通り、浮気の虫が囁きましたが、強い心で我慢。また、別の機会にします。


 そして、渋滞はあったものの1時間半で到着。入場料100円を払い、入園します。入口には「新幹線の父」十河信二氏の揮毫による石碑が建ちます(写真)。


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 入口前には、D51 452が保存されます(写真)。保存機の大半はキャブに入れますが、今回は省略します。


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 続いて、かつてC51があった場所には、クモハ40054が保存されます(写真)。青梅線で使用された当時に復元されています。


 なお、ここにあったC51こそが、現在鉄道博物館に展示されるC51です。やはり戦前の特急には欠かせない機関車ですが、引退した時期にはそういう「産業遺産」という発想が無く、原型のまま残ったのは京都と併せ2両のみです。あってもカットモデルであったりして、今となっては貴重です。


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 C11 1です(写真)。制式標準タンク機の1号車です。原型C10は、元から数が少ないこともあり、大井川鐵道に1両のみ残ります。


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 E10 2です(写真)。軸配置はテキサス、重貨物用とされます。国内最後の新製国鉄制式機、急勾配の板谷峠や矢岳越えに使用を計画されましたが、最後は北陸本線田村で使用されました。第3、第4動輪にフランジが無いのが特徴です。


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 ED16 1です(写真)。中央線や上越線で使用された同機、後にF級充足で南武線、青梅線貨物に使用されました。


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 ミニSL、「弁慶号」です(写真)。園内で、線路を走る乗り物です。


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 110号、元の3号機関車です(写真)。明治4年英国製、鉄道草創期のSLです。


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 5540です(写真)。明治30年英国製、2Bのテンダー機です。


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 9600形9608です(写真)。大正期、国産初の大型SL、火床を動輪の上に置いたことからボイラ位置が高いのが特徴です。戦時期に多数中国に出征、中国北京の鉄道博物館にも何両か展示されます。


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 8620形8620です(写真)。9600形登場の翌年、国産初の大型旅客機として登場した、その1号機です。


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 2221です(写真)。日清戦争当時、世界のSLメーカー各社に大量発注された、いわゆる「工部省B6」の1両です。


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 園内の階段を降りると、0系新幹線が見えます(写真)。22-75です(写真)。パンタグラフ装備の制御電動車、向きは東京方先頭の16号車と思われます。


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 運転台(写真)。開業当時は2人乗務で、助士席がありました。右マスコン、左ブレーキの固定ハンドルです。


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 客室(写真)。3+2の5列、銀と青のツートンの転換クロスシートです。普通車もリクライニングで当然の今からは、ちょっと想像もつかないシートでしょう。子供の頃、確かこんなシートでした。


 そして、同公園を後にしました。


 車両の入れ替えはありますが、やはりこういう形で残っているのは、良いことです。今後も大切にして欲しいですね。


 そして滞在先に向かい、翌日に備えましたが、雨の予報で気が重く、雨天用ズームの準備を覚悟しました。果たして、それが必要だったか、という話があるのですが、長くなるので、ここで水入りとしたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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