Forget Forgot Forgotten#5

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、先回の続きです。


 火曜日は、滞在先の前から始めます。そう、明治鉱業15、そうクラウスです(写真)。日本国内現存では最古級のSLです。各地を渡り歩き、現在北海道にて保存されます。


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 続いては、旭川市、神居古潭へ。函館本線旧線神居古潭駅跡には、3両のSLが保存されます。


 最初は、9600形79633です(写真)。国産初の量産型大型SLです。


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 間を飛ばし、D51 6です(写真)。ナメクジです。


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 間は、C57 201です(写真)。C57最終号機、以降は貨物機改造のC61に移行しました。


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 続いて、東川町郷土館へ。昨年は9月で、日曜のみであったので、今回絶対外せない場所でした。


 中には、旭川電気鉄道(廃止)101が保存されます(写真)。1枚に納めるには、FXでは14ミリが必要です。


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 続いて、旭川市の施設にある、旭川電気鉄道1001です(写真)。雪国の屋外で、長期に保存されているのにこの状態は、手入れが非常に良く、驚きです。


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 続いて、和寒町のD51 337です(写真)。午後で、逆光にならずに済んでいます。


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 続いては、士別市の、D51 397です(写真)。


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 ここまで来れば行くでしょう、名寄市の「キマロキ」は(写真)。SL当時の最強除雪編成でした。


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 続いては、下川町のキハ22、237と245です(写真)。


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 再び戻り、音威子府で蕎麦の騒動を起こし、地元の方に覚えられてしまいました。


 以北は止める予定でしたが、時間が中途半端で、昨年も行かなかったので、稚内の北防波堤ドームを見に行きました(写真)。樺太への稚泊連絡船の乗り換え用に、昭和初期に建設されたもので、当時はこの下まで列車が入線していました。しかし戦後樺太は日本領ではなくなり、列車も入線しなくなり、遺構のみ残ります。下ではテントを張るライダーもいました。


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 現在の稚内駅(写真)。昔は線路の西側に駅舎がありましたが、今は北側に移動し、道の駅も併設します。そして、防波堤ドームへと続く線路跡が、敷石に残ります。


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 そして、かつての終点にあった看板は、未だ残っていました(写真)。今は、ガラスの向こう側です。


 そして、滞在先に向かいました。


 そして再び今日も取材しましたが、長くなるので、この辺で水入りとします。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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