遅ればせながら#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も土曜、鉄道博物館からお届けします。


 大宮のイベントを後にして、向かったのは鉄道博物館。今日もD51 426のカットモデルが、記念撮影用に設置されます。交通博物館以来の展示です。


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 そして、大宮のイベントのチラシに付いている割引券を提示して、入場します。


 「きかんしゃやえもん」の元、1号機関車(A1)です(写真)。


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 続いて、マイテ39 11が公開されていたので、行列します。そう、初の特急列車は1,2等と3等で列車が分かれ、1,2等特急が「富士」(1等の白と2等の青)、3等特急が「櫻」(3等の赤)と愛称がつけられ、その「富士」の末尾を飾る、1等展望車でした。元はスイテでしたが、戦後冷房が搭載され、約5t重い、マイテになりました。


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 先ずは、天井に下がる照明から(写真)。阪急嵐山でも見かけたような意匠の照明、雅な雰囲気です。当然蛍光灯は無く、白熱電球です。


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 その、垂れ下がっている天井(写真)。解説のJR社員によると、車両工場に専属の宮大工がおり、その人が造っていた、とのことです。しかし、これだけの細工は、寺院か神社か、あるいは霊柩車でしか見かけないもので、一般には「桃山風」とされるところ、「霊柩車風」という陰口もありました。しかし、今ではこれだけのものは、製造は困難と思われます。


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 客室側(写真)。隅の照明も、留め具も、金具の一つ一つまで装飾が施され、技術の粋を集めたものです。


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 振り返り、展望側(写真)。展望室からの眺めは、どのようなものであったのでしょうか。


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 その装飾の一つ、「牡丹」(写真)。これだけのものを、今造れるのでしょうか。


 戦中戦後の荒廃期を経て、復活時には装飾が破損し、戦後初の特急「へいわ」運転時には、ニコイチしなけらばならないほどで、同車のみが当時の様子を伝えます。それもあり、引退後青梅鉄道公園にて展示されていましたが、鉄道博物館創設時に、ここにやって来ました。


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 続いては、昨年の失念、ナハネフ22 1です(写真)。丸顔の流麗な緩急車、初代「ブルートレイン」20系客車の末尾を飾った、新製の寝台車です。座席車改造ではありません。


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 寝台は立入禁止でしたが、緩急室には入れました(写真)。半室は展望室、半室はブレーキ操作する車掌の業務用室でした。次回は、何時でしょうか。


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 「ムーミン」「カバ」EF55 1も、引退後同館の静態保存機となり、永くなります(写真)。水上の、EL用の転車台に、二度と乗ることがありません。


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 そして、10周年に合わせリニューアル中の同館、一足先に終わったキッズスペースでは、京浜東北線のATC高運クハ103が、塗り替えられていました(写真)。キッズルームなので仕方ありませんが、あまり見たい姿ではありません。


 国産初のディーゼル機関車、DD13 1も展示が開始されましたが、根性が無く、断念してしまいました。


 そして、銭湯に行き、翌日に備えましたが、徹夜運転が祟り、滞在先でそのまま寝てしまいました。


 そして日曜があるわけで、予想はつくと思いますが、そのとおりです。次回は、そうなります。


 それでは、次回をお楽しみに。


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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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