The Northern Territory#1

Uenoake1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”第1回目をお届けします。今回は、北の大地を目指しています。











Uenoake2  かつて、そして現在も北陸、信州、東北、北海道の鉄道の玄関口は上野です。鉄道が多くの人の主な交通手段だった時代、盆と正月の上野周辺は大変な混雑でした。電車が高価だった時代、客車は牽く機関車を選ばず、安価に増備が出来ました。各地の客車は上野到着後、一旦尾久客車区(現在の尾久車両センター)に回送され、整備、入換の上各地に帰っていきました。



 しかし、上野駅、特に上野駅地平ホームは、東京駅のような入れ換え用の中線(反対側への回送線)がなく、尾久からの回送は大きな問題となります。当然上野から発車できるよう下り方先頭に機関車が連結されますが、上野方は客車で、電車のように運転台をつけるわけにゆかず、何らかの技術が必要です。



 そのため編み出された技術は、上野方緩急車のブレーキ用エアパイプに特殊な空気弁を取り付け、おおよそ停止予定の位置になると客車側の職員が弁を緩めるというものです。すると、機関車では空気の圧力計が下がるので、それで機関士はピタリと指定位置に据え付けられるのです。何でもないようで、凄い技術です。



 技術の進歩により、一時構内無線のトランシーバーで連絡している時代もありましたが、東京では電波少年の妨害が多いらしく、結果ウン十年続く伝統の技法が復活しました。写真は平成16年4月、オハネフ25が末尾だった時代の”北斗星1号”入線の図で、特殊弁、関連機器が写っています(写真)。



Uenoake3  そして昨日、こんな猛暑の最中、上野駅13番線に私は現れました。家の中でも熱中症で死ぬ老人さえいるような日に、ほぼ密閉状態になる上野駅地平ホームでです。一体摂氏何度まで上がったのでしょう。



 1回戦、15:35入線、16:20発8009レ”カシオペア”です(写真)。緩急車スロネフE26 1です。E26系の入線を見るのは初めてでしたが、展望スイート(勿論一番いい客室)のソファの中に制御用の装置が隠されているのを知りました。利用できる運の良い新婚カップルの皆さん、そんな意識で後を見てください。



 機関車は青森までEF81 79(「田」、日立製)、専用塗色は3両あります。冒頭のとおりです。



Uenoake4  2回戦、16:33入線、16:50発1レ”北斗星1号”です(写真)。マニ24 502です。荷物車(電源車)が上野発車時に末尾になったのは、青森駅改修工事に伴い、青森駅で行われていたEF81からED79への機関車交換が青森操車場内に変更となったからです。そのために青森での方転がなくなり、結果上野~青森操車場間は反対向きになりました。マニ24は、もと50系の一族マニ50が種車で、そのため注意すると、他の客車と異なり裾絞りが無くストレートなボディになっているのが分かります。これも運転室があり、ワイパーまでついています。







Uenoake5  この日の北斗星1号のカマは、EF81 93(「田」、三菱製)です。列車の客車の1両に不具合があり、オハネフ25が代わりに「増1号車」として使用されました。













Uenoake6  3回戦、17:04入線、17:17発8005レ”北斗星81号”です(写真)。カニ24 507です。カニ24 500番台は、同0番台に北海道用に耐寒耐雪装備を追加改造した車両です。ただ0番台には、初期型スカート付きと中期型スカート無しがあるので、500番台も同様に2種あります。なお、この時刻は、”カシオペア”運転開始までは”北斗星3号”の時間でした。私がこれに乗る前に、不定期化されました。







Uenoake7  ”北斗星81号”の機関車はEF81 85(「田」、日立製)でした。















Uenoake8  4回戦、18:50入線、19:03発3レ”北斗星3号”です(写真)。カニ24 505ですが、日没後のためフックに白色LEDのカンテラが点けられています。朝夕のラッシュの時間はなるべく避ける、というのが優等列車のダイヤの最大の特徴です。昔は東京発九州行きもそうでした。結果その間に涼しい所で夕食を摂ってしまったため、昼間より温度が下がったのに、逆に暑さが苦痛になってしまいました。なおこの時間の列車は、”カシオペア”運転前は”北斗星5号”を名乗っていました。





Uenoake9  ”北斗星3号”のカマはEF81 82(「田」、日立製)でした。



 なお、機関車は全て青森まで田端の機関車ですが、客車は”北斗星1・2号”はJR北海道札幌運転所(札サウ)、他は全てJR東日本尾久車両センター(旧尾久客車区、東オク)でした。









Uenoake10  かつてなら5回戦”エルム”、6回戦”あけぼの”、7回戦”はくつる”、8回戦”北陸”だったのですが、B寝台オンリーの”エルム”はやはり利用者が少ないらしく、今は”北斗星81号”を運転しない日に”北斗星71号”として運転されるので、今日は出来ません。”はくつる”は廃止、地震で”北陸”は運休、結果最終戦は”あけぼの”になってしまいます。



 上野駅13番線に初めて緩急車が顔を見せます(写真)。21:18入線、21:45発2021レ”あけぼの”です。オハネフ24(24系24形2段寝台改造車(元3段寝台車)) 27、白帯です。横のカンテラは同様です。今日初めて特殊弁を装着し入線します。



Uenoake11  そして据え付け完了、貫通路を閉じ、機器が渡り板に乗っています(写真)。















Uenoake12  電源車はカニ24 25(非耐寒耐雪)、これも白帯で、機関車の次位に連結されています。たったこれだけの理由のために、東京駅発の九州ブルートレイン一族と、東北ブルートレインとは向きが反対、結果”日本海1・4号”(JR西日本宮原運転所(大ミハ))、”日本海3・2号”(JR東日本青森運転所(盛アオ))の向きの違いという形になって現れます。”あけぼの”も盛アオです。



 もともと”あけぼの”は、奥羽線経由青森行きのブルートレインで、初代ブルートレイン20系客車を最後まで使う寝台特急列車として有名でした。その後山形新幹線の完成で、本来の”あけぼの”は廃止、”出羽”を改称して”あけぼの”とすることになりました。やはり伝統の名前でしょう。



Uenoake13  ”あけぼの”のカマはEF81 139(「青」、日立製)です(写真)。ヘッドマークも伝統です。













Uenoake14  そして”あけぼの”は上越国境の三国峠を越え、羽越線を抜け、矢立峠を越え、青森に到着。EF81 139は老体に鞭を打ち、全線を走り抜けました(写真)。そして運用から解放されます。実はこのカマは前後とも双頭連結器で、青森運転所の電車の郡山工場入場にも使用されます。









Uenoake15  機関車は青森車両センター東派出(旧青森機関区)に帰り、客車も青森車両センターに帰還します。客車はDE10 1536(「青」、川崎重工製)に牽引されるべく準備しています。区名札の横の札入れは運用札が入りますが、この機関車には「入2」と入っていました。因みに九州ブルートレインの運用に入るEF66の運用札は、東京発、大阪発とも、寝台特急のマーク(流星)です。



 そして青森から函館へ、789系でしたが、まあ出すまでもないか。そして今日の滞在先に向かいました。今日はこれまでです。



 明日は、今日の続きです。

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