近江路を行く(続編)

Omin1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは今週の”Tetsu”をお届けします。今回は、滋賀県方面を取材しました。



 昨年8月に「近江路を行く」という取材を行いました。その際、近江鉄道の彦根駅で写真を撮ったものの、あまり上手くゆかず苦労した覚えがあります。その時、鉄道博物館が出来るといい、と書きましたが、それが何と半年後に実現し、”近江鉄道ミュージアム”が今年の3月から営業を始めました。今回は、先ずそれを取材しました。



 同ミュージアムは、”彦根まちなか博物館”の一つとして、近江鉄道彦根駅に併設された同鉄道彦根工場の一角にあります。彦根駅からはJRと共用の橋上駅舎を東口に出てすぐです。先回取材時は東口は未完成だったのか封鎖されていましたが、今は供用されています。入場料を200円払い、中に入ります。



Omin2  南から攻めていきます。一番南は、ED14 1、その北側はED14 2です(写真)。ED14は、東海道本線国府津電化(一般路線初の電化)に合わせて、大正15年(1926年)にアメリカのゼネラル・エレクトリック(GE)で製造され輸入された機関車です。近江鉄道が貨物営業を廃止するまで使われ、大変貴重な資料となっています。









Omin3  その西側(本線側)には、ED31 3があります(写真)。こちらは凸型です。















Omin4  その北側には、左がLEカーLE10形(番号不明)、右が501です(写真)。2軸のLEカーということはディーゼルカーで、電線を外す覚悟もあったのでしょう。鉄道冬の時代、どこも大変でした。



 しかし昨年一杯あった元西武の車両たちは何処へ行ったのでしょう。余裕があれば保存できたものを、泣く泣く処分したのでしょう。合掌。







Omin5  こちらを代表写真にしようかと迷った、ED14 4です(写真)。この機関車は鉄道院当時の茶色(正式には葡萄色2号)の塗色になっています。逆光ですが、順光側は跨線橋の影が入り、良い写真にはなりませんでした。











Omin6  その東側には保線機械のモ245が(写真)。こういう裏方の車両があるから、鉄道の安全は守られるのです。













Omin7  北の端には、左からロコ1101(昭和5年東洋電機・日本車輌)、ED14 3、ED31 4(大正12年芝浦製作所・石川島造船所)が並んでいます(写真)。個人的にはこの色より、ぶどう色2号の方が好きです。











Omin8  その西側の柵の外、営業線側に、手前からED31 1、ED31 2、ED31 5(ナンバープレートなし)が停まっています(写真)。こちらは稼働可能ということでしょうか。プッシュプルで、バラスト輸送等をしているとも書かれていました。











Omin9  駅の北東端に、写真のとおり展示館があります(写真)。中に入ります。















Omin10  中には昔の機械(写真はタブレット閉塞用の機械)、各種乗車券が展示されています。切符の種類は圧巻です。



 その横には販売コーナーがあり、色々な鉄道グッズの他、彦根城400年記念駅弁も売られていました。昼食の時間だったので迷わず買い、食べました。そして満足し、次の目的地に出発しました。



 なお、同ミュージアムは3月末から11月末までの間、土日祝日のみの営業だそうです。旧式電機ファンは、迷わず行きましょう!



Omin11  次の目的地は、長浜の”長浜鉄道スクエア”です(写真)。こちらもJR北陸本線長浜駅西口徒歩5分ですが、西口駅前は、敦賀直流化に伴う駅改良の関連工事の最終段階であり、ホームスルー化後の駅前整理で駐車場の場所は工事中で、やはり電車で来るべきだったと反省しました。長浜駅西口の駅前工事は秋まで続くそうで、車の利用を考える方は要注意です。



 因みに、この建物は旧長浜駅で、現存する駅舎としては最古のものだそうです。入場料は300円でした。



Omin12  入口前には、長浜開業当時の旧長浜駅29号ポイントが展示されています(写真)。これは鉄道記念物だそうです。明治15年(1882年)イギリスのキャンメル社製だそうで、通常ポイントは酷使され早期に交換されるところ、運良く残り、検重線で第二の人生を過ごしたという、強運の持ち主です。



 そして中に入ります。







Omin13  中は3つの建物で構成されており、入口の旧長浜駅舎は一・二等待合室などが残り、雰囲気が出ています。



 二つ目、北西側の建物は北陸線の歴史に関する展示がなされ、今は亡き交流電機等の模型も多数陳列されています。



 最後の北東側の建物は、車両展示の建物です。



 先ず西側には、ED70 1(昭和32年三菱電機・新三菱重工)があります(写真)。初の量産型交流電機で、確か数年前まで米原電車区の奥の方に塗装が落ちた状態で放置されていたのを覚えています。これで屋根付きの所に入り、今後とも安心です。



 因みに、新製時は直流に変換する整流器が現在の主流のシリコン整流器ではなく、イグナイトロン水銀整流器(の誤りです)でした。ただ標準型ED75、ED76登場後、保守の都合上整流器は交換された場合が多いといいます。



Omin14  その横には、D51 793が(写真)。準戦時形でしょう。電化前の北陸本線の主力です。北陸線も困難な仕業の路線でした。国鉄最後の新製蒸機E10や、初期型電気式ディーゼル機関車DD50、等峠越えで色々な車両が試されましたが、結局電化で結論が出ました。



 この建物には階段があり、登ると両機関車の上方を望むデッキに出ますが、木製の梁の間になり、あまり上手に写せませんでした。



 その階段横の出口を出ると、そこは現在の北陸本線が走っており、運が良ければ車両の写真も撮れるかもしれません。そんな感じで長浜の取材を終えました。



 ただ、まだ帰るには早い時間だったので、寄り道をしたのですが、結局良い写真を撮れなかったので、今回は報告しません。



 今回も静態保存車が中心になってしまいました。静態保存は塗装だけで良いのですが、動態保存は電気や駆動部分等の整備が必要で、手間が非常にかかるのです。いつか、これらの車両が復活する日が来ると良いのですが、やはり難しいのでしょう。多くの人から愛されるよう、心から願うのみです。今週は、これで終わります。

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こんなものもありますよ。ぜひお越しください!

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