美濃赤坂から始まるストーリー

Seinop1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週第1回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、西濃鉄道を取材しました。



 西濃鉄道は、美濃赤坂を起点とする、貨物専業の私鉄です。臨海鉄道を除くと、貨物専業は小坂鉄道と同鉄道の2社、旅客兼営でも秩父鉄道、岳南鉄道、三岐鉄道の3社で、貨物を扱う私鉄は激減しました。モーダルシフトの現実です。



 同鉄道を取材するにあたり、やはり営業する鉄道だから、営業列車を写そう、と思い、最新の貨物時刻表で確認しました。すると、列車は朝、昼、夕の3本で、朝は早朝、夕は日照不足で、昼が撮影に適しており、これに間に合うように出発しました。



 地図でポイントのあたりをつけ、その場所にカーナビで行きます。そこで今の貨物列車の終点、乙女坂と、鉄道の終点、猿岩を確認し、乙女坂であろう場所に車を停め、構えます。すると、一人、鉄道で来たのかファンがおり、彼は今日営業があると駅で確認したそうです。そして自分のポイントへと去っていきました。



 貨物時刻表でも出ていた時間に、やって来ました、貨物列車が(写真)。西濃鉄道DD403に牽引され、空の石灰石用のホキが続きます。



Seinop2  西濃鉄道乙女坂の駅は、矢橋工業の石灰石プラントの中であり、牽引されたホキは、工場のホッパの下に入ります(写真)。これから2時間かけ積み込みです。



Seinop3  返しまで時間があるので、先の取材を。数百メートル走ると、線路が道路沿いに現れます。それから更に数百メートル走ると、線路の真ん中に停止表示が(写真)。ここが現在の終点で、青い看板の工場は「猿岩工場」となっており、ここが猿岩貨物駅のようです。これでは何処まで乙女坂で、どこから猿岩か分かりません。実際、この3月までの運用でも、有効長の関係で1往復が「猿岩行き」とされただけだそうで、区別の実益、実害ともにありません。ただ、無くなると分かっていれば、猿岩行き貨物列車を写したでしょうが。



Seinop4  しかし、この営業線は、「市橋線」と名がついており、更に北の市橋まで地図上の線路は延びています。その今は営業しない廃線区間の様子も取材しました。先ほどの終端表示から数百メートル北の工場では、廃線跡を整地し、アスファルトで舗装しています(写真)。これで永久にこの鉄道は通れません。しかしこの工場の北側は、放置ではありながら線路は残っていました。



Seinop5  1キロ位北へ行ったでしょうか、地図上の終点の場所を発見しました(写真)。鉄道終点にふさわしい配線の、大貨物駅です。これが市橋線全線営業当時の終点、市橋駅と思われます。ダルマポイントが幾つもありました。



Seinop6  乙女坂へ戻ってくると、先ほどのホキの編成の麓側にDD403を連結し、出発の準備をしています。石灰石は発火性があり、そのためか、あるいは他の理由か、貨車1両1両に水を掛けています(写真)。上から、横から掛けては、1両ずつ引き出し、丹念に水を掛けていました。



 水を掛け終わると、一旦バック、塞いでいた通路を開け、車を通します。そしてもう一度引き出し、本線に入るところでまた停止します。そして誘導手が降り、線路脇のボックス内のスイッチを切り替えます。



Seinop7  すると道路の踏切が鳴り出します。遮断機がおり、信号よし、発車します(写真)。そして美濃赤坂を目指し、降りていきます。私も車で追いかけますが、並走道路はなく、大回りしました。



Seinop8  私が美濃赤坂に到着すると、既にホキの編成からはDD403は解放され、PF、EF65 1068に機関車は替わっていました(写真)。連結を終え、出発が青になれば、出発進行、発車です。



Seinop9  次へ行こうとしたところ、貨物駅から出てきたトラックの運転手さんが、鉄道を撮りに来たのか、と訊きます。そうです、と答えると、携帯で機関区に電話をしてくれました。それで、機関区の中に入ることが出来ました。



 先ずは機関庫の中から、左が今日の営業を終えたDD403、右は待機のDD402です(写真)。いずれも三菱重工製です。



Seinop10  外には、奥DE10 132、手前DE10 525と、国鉄DE10の廃車体が(写真)。部品取りでしょうか。



Seinop11  更に北側(JR美濃赤坂駅寄り)には、DE10の分解中の車体に、ビニールシートが掛かっています(写真)。あまり見たい姿ではありません。



 ただ、この時点で既に西濃鉄道の社員は、全員今日の業務から解放されていたそうで、見学は、「社員のいる時間に来て下さい!」と言われました。皆さんも、なるべくそうされた方が良いと思います。



Seinop12  西濃鉄道市橋線はJR東海道線美濃赤坂支線の東側から合流、しかし機関区はJRの西側です。しかも「市橋線」と名乗ります。何故か。それは、つい最近まで西濃鉄道は別の線、「昼飯(ひるい)線」も営業していたからです。平成18年に、市橋線猿岩以遠と同時に廃止されました。



 同線はJRおよび機関区の西側を通っており、分岐後最初の踏切は美濃赤坂への道路と交わっています(写真)。同線に並走する道路も無いので、旧中山道を通ります。



Seinop13  中山道の赤坂宿の中心部を抜け、端の方に踏切があります(写真)。手動の踏切と、待機の小屋があります。ここまでは約20パーミルの勾配です。ここから線路に沿って歩きます。



Seinop14  すると、100メートルほどで、かつての美濃大久保駅跡が現れます(写真)。手前の屋根は検量か交換手待機場か、奥の小屋はホームでもあり、西濃鉄道が旅客も兼営した時代のホームと思われます。線路はここでスイッチバック、後方に進んでいきます。そのため、ここも行き止まりです。



Seinop15  そして、終点の昼飯に到着。駅舎であろう小屋の前に、ダルマになったワムが放置されています(写真)。奥には終端表示があり、線路がここまであった痕跡を残しています。これで全線の追跡が終了、西濃鉄道の取材を終えました。



 西濃鉄道がこのような配線になったのは、金生山が石灰石の産地であり、その山の周りから石灰を運ぶために建設されたからです。しかし現在はトラック輸送が中心となり、急勾配に対応できない鉄道は、やはり苦しいのでしょう。しかし大量に運ぶことについては、船に次いで2番目に得意です。今後とも貨物輸送が続くよう、心から願うのみです。



 今日の1回戦は、こんな感じです。

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