戻らぬ道#3

Okahai1_1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”をお送りします。今回は、岡山県第二弾です。



 先回片上鉄道を訪問したとき、「そういえば下電って、近くだったよなあ!」と思い、居ても立ってもいられず、やっと機会を見つけました。どうせなら他も、と思い調べ上げてカーナビをセット、やっと昨晩出発できました。



 1枚目は、西大寺鉄道のキハ7です(写真)。西大寺鉄道西大寺駅跡というと不便そうですが、両備バス西大寺バスターミナル併設の美術館入口前で、代替で建設された赤穂線の西大寺にも近いようです。車は普段、併設のショッピングセンターの駐車場に停めれば良さそうですが、到着が早朝で、置き場に苦労しました。



Okahai2_1  西大寺を後にした私は、宇野へ、そして玉野へ。2枚目は、玉野市すこやかセンターにて保存される玉野市電モハ103(琴電760)です(写真)。市電でこんな立派な電車とは、とは思うのですが。しかし貫通路、塗装は琴電の手によるものです。建屋も立派ですが、一つ難を言えば正面が北向きで、旧向日町運転所(京ムコ、現在は京都運転所(京キト)の一部)の反対で、日光に嫌われています。







Okahai3_1  玉野を後にした私は、児島へ、そして下津井へ。下津井港のそばに、下津井電鉄の保存車両が残っています(写真)。左から、赤いデッキ付きの車両が平成のVVVF新造車2000形、青いのが103形、右が1001形だそうです。車庫の屋根がプラスチックなのが不思議ですが、潮風に晒されるのでトタンでは錆びるということでしょう。上にナローゲージ・・・と書いてありますが、これは三岐鉄道北勢線等と同じニブロク(2フィート6インチ)で、2000形を北勢線に譲渡を、という話まであった位ですから。新造後すぐに廃車とは、あまりに可哀想。



Okahai4_1  北側を振り向くと、かつての下電が茶屋町や児島から走っていた頃のことが思い浮かばれます(写真)。瀬戸大橋で渡船の利用客が減った、だけでしょうか。













Okahai5_1  下津井から笠岡へ。井笠鉄道の保存車を駅前で必死に探しましたが見つからず。家で確認すると、笠岡駅南西方の道路高架下だそうです。不注意でした。



 仕方なく断念し、新山へ。駅舎を利用した、井笠鉄道新山鉄道記念館なる建物があります(写真)。横には腕木式信号機も立っています。







Okahai6_1  僅かなスペースでしたが、その北側には転車台に載った蒸気機関車、客車、貨車があります(写真)。機関車は1で、客車はホハ1、貨車はホワフ1だそうです。これも完全なナローですね。軽便鉄道です。











Okahai7_1  井笠鉄道は廃止になりましたが、廃線跡をたどるように第三セクターの井原鉄道が建設されました。先回井原鉄道訪問時に満足な写真が撮れなかった、早雲の里荏原の車庫を、今回は直接撮影しましたが、盛り土の上で苦労しました。車両は、吉備線に乗り入れ岡山まで直通しても良い位待機しています。JR西日本も、効率化、活性化に役立つのに、検討しないのはかわいそう。しかし、井笠鉄道も笠岡~小田間位は残せそうなものだったのに、何故でしょう。



 かつて多くの労力で建設されたこれらの鉄道も、残念ながら廃止になってしまいました。でも、少しでも多くの痕跡が残るよう、心から願うのみです。今週は、これで終わります。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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