よく行けたわねえ!

Hirosyaq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日の後半戦、「第15回JR貨物フェスティバル広島車両所公開」をお届けします。



 小雨で早々に博多総合車両所を後にしたものの、博多南からの列車が1時間に1本で(13時以降は臨時増発がありましたが)、暫く駅で待ちました。その間に列車を手配、博多からは2+2シートの”ひかりレールスター”を希望したものの、時間的に”のぞみ”が最適で、広島で途中下車しました。乗り換えの芸備線は発車時刻を少々過ぎても拾ってくれたため、結果矢賀には予定より芸備線1本、20分早く到着しました。更に徒歩5分、とうとうJR貨物広島車両所のエントランスに到着しました。D51 214(昭和48年、同所で整備した最後のSL)の左側の動輪が、レリーフになって飾られています(写真)。



Hirosyaq2  到着が遅く、既に午後の撮影タイムが始まっていました。左EF65 1129(昭和54年川崎重工・富士電機)、右EF65 1038(昭和45年川崎重工・富士電機)です(写真)。この直前まで双方に”銀河”のヘッドマークを取り付けていましたが、撮影時は双方”踊り子”でした。1038号機は、以前はJR貨物高崎機関区に配属され、首都圏でも有名な特急色の初期型PFでしたが、今は1129号機共々岡山機関区所属のようです。ナンバープレートに、製造年次の違いが現れています。



Hirosyaq3  その左側、左はEF66 1(昭和43年東洋電機・汽車会社)、右はEF65 57(昭和40年東洋電機・汽車会社)です(写真)。EF66は”あさかぜ”のヘッドマークを付けています。この”あさかぜ”の「風」の部分は直前まで赤かったのですが、私が写すときには、赤い部分のシールを剥がし、ふつうの”あさかぜ”になりました。EF65 57号機は、確か初代「茶ガマ」56号機に続く2代目「茶ガマ」か。しかし一般型65も置き換えの時期で、稼働機なのか、どうか。最新の配備表では、「高機」(JR貨物高崎機関区) とされています。



Hirosyaq4 撮影会の反対側は開放され、出入り自由です。左1038号機は”つるぎ”、1129号機は”さくら”を付けています(写真)。



Hirosyaq5  EF66 1の後は、EF65 1031(昭和45年川崎重工・富士電機)です(写真)。JR貨物更新色、貫通路及び機関士乗降扉のカラシ色が大宮車両所更新車との違い(広島車両所施工車の特徴)で、こちらは違和感なく受け入れられます。



Hirosyaq6  隣は、EF81 5(日立(製造年摩滅で不明))です(写真)。新しい更新色です。しかし、こんな初期ロットが残っているとは、と思ったら、平成19年に廃車された車両だそうです。



Hirosyaq7  広島名物の交直両用機、EF500 901(平成2年三菱電機・川崎重工)です(写真)。日立製EF200 901と同時期にデビューした同機、出力もEF200同様6000kW(およそ8100PS)ですが、誘導障害に悩まされ、平成14年に量産されることなく廃車されました。しかし、同機の経験とEF210の技術で、同じコンビでEF510が完成、EF81の後継として量産されています。



Hirosyaq8  EF500の横(つまりPF1031号機の後)には、先日も美祢線で捉えた、DD51 853(三菱重工(製造年摩滅で不明))でした(写真)。区名札は「厚」(幡生機関区厚狭派出)です。こちらはまだまだ元気ですが、DE10後継のハイブリッドディーゼル機関車が完成した暁には、本線用機関車も研究するそうで、これも置き換えを心配する頃か。まさかDF200が内地で配備されるわけないし。



Hirosyaq9  EF500の後は、EF59 21です(写真)。セノハチ(山陽本線、瀬野~八本松)補機、種車がEF53(元沼津機関区)と、EF56(元高崎第二機関区)の双方があり、同機は外観からEF56改造と思われます。



Hirosyaq10  EF59の後は、EF210 105(平成13年三菱電機・川崎重工)です(写真)。一般型、P、F及びPF全てのEF65を置き換えるべく、しかも安価に増備するためエコノミーにギリギリで設計された同機、試作901号機、及び量産0番台は6モーター3インバーターでしたが、100番台になり6モーター6インバーターに改設計、余裕が出来てきました。現在も量産が続き、EF510も同機との共通部品が多数を占めます。なお出力は3390kW(おおよそ4600PS)、EF66の代替も可能で、平坦線で1300トン貨物の牽引を前提にしています。



Hirosyaq11  南側の線路では、スイッチャーDB10がトロッコに乗客を乗せ、往復しています(写真)。正面は”きかんしゃトーマス”です。



Hirosyaq12  このトロッコの2両目は、噂の”EB66-1”です(写真)。EF66をイメージして造られたトロッコで、無動力ながら2軸から”EB”を名乗っているのでしょう。66の特徴をよく捉えており、ギャグ好きの某誌で大きく取り上げられていました。



Hirosyaq13  しばらくはカットモデルです。最初はEF59 16です(写真)。外観が、先ほどの21号機と異なり、恐らくEF53改造機でしょう。



Hirosyaq14  次はEF61 4です(写真)。以前「碓氷峠鉄道文化むら」でEF60 501号機を出しましたが、EF61はEF60にSGを追加した形式で、最終的には単機でセノハチ補機に使用すべく設計されていました。しかし歯車比の関係か、不評だったクイル駆動が原因か(整備性、粘着性に問題があった)、あまり目立たずに国鉄改革を迎えました。ライトが大目玉1個で設計されたものの、2シールドビームに交換され、イマイチです。



Hirosyaq15  次はEF58 113です(写真)。東海道本線全線電化時の主力旅客機関車、新型機整備で西に追いやられ(平家と言う人もいます)、下関で果てた1両でしょう。他の形式を思えば、まだまだ幸せな部類に入ります。



Hirosyaq16  これも広島とは縁の深い機関車、準鉄道記念物、D52 1です(写真)。昭和18年浜工(浜松工場でしょう)製、戦時形で兎に角大きく(ボイラ、出力とも)、戦争に勝つまで保てばよい、といって設計された同機、戦時の工作レベルの低さが原因でトラブル多発、更に敗戦が追い打ちをかけました。占領下で少し安定が見えてきた昭和27年に浜松工場で改造(恐らく新缶に交換したのでしょう)、セノハチの電化まで補機で運用されたのでしょう。山陽特急”かもめ”の後補機には、炭水車にテールマークが付いていました。



 そして入口に戻り、矢賀まで歩き、広島から”のぞみ”で帰宅しました。



 本当は、トラバーサの向こう側の、工場の中、更に奥に入らねばならなかったのですが、石清水八幡宮をしてしまいました。来年は、注意したいと思います。でも、これだけ写しただけでも大収穫でした。来年が楽しみです。



 博多と広島、在来線や車では(高速を使っても)二股はとても出来ません。時速300キロで走る高速電車があるから、たった1時間で掛け持ちが出来たわけで、やはり今は幸せな時代です。



 しかし多くの散財をした今回の遠征、我ながら、本当に「よく行けたわねえ!」

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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