対抗心を燃やすわけではありませんが、

Tobuhaq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。後半戦は、「東武博物館」を取材しました。



 多分今日は時間があると思い、東武と東急のどちらかに行こうとは思ったのですが、東急の「電車とバスの博物館」は、田園都市線宮崎台であり、少し行程から遠く、結果東向島の「東武博物館」を選択しました。



Tobuhaq2  東武本線各停を東向島で下車、改札後方に入口があり、入場料は大人200円です。入口を入ると、一番前は、5号蒸気機関車です(写真)。左側には、腕木式信号機もあります。



Tobuhaq3  プレートには、「ベイヤー・ピーコック&カンパニーリミテッド、マンチェスター 1898」と書かれています(写真)。明治31年に東武の開業に合わせ準備された機関車だそうです。



 1日に4回、この機関車は動きます。時間になると、腕木式信号が青に変わり、それに合わせ機関車の動輪が動きます。皆さんも、それに合わせて見学されると良いと思います。



Tobuhaq4  その横には、デハ5があります(写真)。大正13年の電化に合わせて入線した車両、引退後も西新井工場で入換車として残り、現存します。5枚窓が特徴です。入換車当時は、セイジクリーム(昭和50~60年代の東武の色)だったそうです。



Tobuhaq5  デハ5の車内です(写真)。木材を多用した車内、非常にウッディーです。往時が偲ばれます。



Tobuhaq6  展示スペースには模型が多数あります。5700系の模型、恐らくOゲージでしょう(写真)。「けごん」「きぬ」等の特急運用に入った車両です。



Tobuhaq7  横には、1700系のカット車体が(写真)。非冷房であること以外は高性能車で、平成の時代までこの姿で生き延びたそうです。



Tobuhaq8  奥には、左がキャブオーバーバス、右が明智平ロープウェイの旧ゴンドラです(写真)。東武のかつての役者達でしょう。



Tobuhaq9  その横には、電気機関車、ED5015です(写真)。東武が貨物を扱っていた時代の機関車です。



Tobuhaq10  横のプレートには、「日立 昭和34年3月」などと書かれています(写真)。



Tobuhaq11  かつての日光特急、1720系DRC(デラックスロマンスカー)のヘッドマークです(写真)。「さち」「きぬ」があります。



Tobuhaq12  横には保存車両があり、内部に入れます。1720系DRCの車内です(写真)。これでは、ボックスシートの国鉄165系では太刀打ちできません。ただ、平成までにリニューアルはあったでしょうし、しかも現存は一部車体がカットされています。



 ほか、東武の初代社長、根津嘉一郎(南海高野線全通にも関与)の机等、記念品が多数ありました。そして、外に出ました。



Tobuhaq13  外には、保存車両が。先ほど中に入った、1720系DRCです(写真)。これを見れば、納得の1枚です。「なーんだ、あれか!」という車両です。



Tobuhaq14  その浅草寄りには、日光軌道連接車200系203が(写真)。先ほどこれの車内も見学しました。



Tobuhaq15  国道6号線(水戸街道)を渡った反対側高架下には、SLスクエアがあり、先ほどの5号と同じピーコックの6号が展示されていますが、金網が高く、写真としてはイマイチです。



 これを撮影し、東向島に戻り、今日の滞在先に向かいました。



 今日も長い一日でした。



 明日は、西武のイベントの予定です。

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紫外線をカットする方法

どんな人でも長時間直射日光を浴びてしまうと、皮膚が赤くなり「紅斑(こうはん)」ができます。紫外線(UV)を過剰に浴びてしまった場合には、それが紫外線(UV)による「日焼け」と判断できます。

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