渡らぬ橋。

Shiroq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、飯田線を取材しました。



Shiroq2  高速道路の割引が始まって約3週間、今回初めて利用しました。運転も1か月ぶり、車での取材に至っては、ほぼ2か月ぶりです。



 そして先ず到着したのは、湯谷温泉(写真)。湯谷温泉駅は、戦前の鳳来寺鉄道時代には温泉旅館も併設していました。写真の駅舎の2階が旅館でしたが、現在は閉鎖されています。



 駅前には、かつて出発時に客が値段を決められる温泉旅館があり、現在も営業中ですが、今でも値段が決められるのでしょうか。



Shiroq3  そして今日のメイン、城西~向市場間の、水窪川に架かる橋梁です(写真)。この橋梁、どこか変わってる?



Shiroq4  20分ほどして、下り電車がやって来ます(写真)。よく見ていてください。



Shiroq5  電車は対岸に渡りました(写真)。



Shiroq6  しかし、次の瞬間、元の岸に戻ります(写真)。つまり川を渡らずに戻ってしまうのです。



 このような橋梁が建設されたのは、当初この地区の通過をトンネルで設計したものの、断層等地質の関係で工事が難航し、結果断念、橋梁に設計変更されたためです。結果、このような橋梁になりました。あまり見ない橋梁です。水窪の少し手前、飯田線に乗車されたらそんなことを思い出しては如何でしょうか。



Shiroq7  飯田線はそこから長野県に向け走りますが、道路はそうはいかない。フォッサマグナが通る同地域、静岡県の水窪(現在は浜松市内)から先は、ヒョー越峠は細い道、増して青崩峠は歩道が国道です。そのため、飯田線長野方面を目指すには、一旦佐久間まで戻る必要があります。



 それで戻った佐久間。中部天竜~佐久間間の天竜川橋梁は、発電所(電源開発(株)佐久間電力所)を背景にしています(写真)。丁度電車が通ります。



 飯田線は、豊橋~豊川間は15分間隔、そこから新城までは30分間隔です。その後段々間引かれ、中部天竜~天竜峡間は約2時間間隔です。天竜峡から飯田方面は、また電車間隔が短くなります。つまり中部天竜~天竜峡間は人口希薄地帯で、電車が走る写真はなかなか撮れません。その一駅目でした。



Shiroq8  佐久間から車で1時間、大嵐へ(写真)。同駅は静岡県浜松市天竜区内ですが、浜松市の他の地区と繋がる県道は、現在通行止めです。そのため、今は天竜川を一旦愛知県側に渡ります。同駅はかつて日本最小の村と呼ばれた、旧富山村(現豊根村)の玄関口でもあります。そのため同駅舎も同村の費用で建てられました。



Shiroq9  同駅ホームから(写真)。駅は行き違い可能な構造ですが、前後はすぐトンネルで、双方の出入口が拡幅されています。かつて佐久間ダム建設で付け替えられ、天竜川に並走した県道(飯田線旧線)は、トンネルは通行可能なようですが、前後の道路が崩壊したのか、通行止めです。本州に、車の行けない所なんて!



Shiroq10  川を渡り愛知県側に戻り、更に車を進めます。カーナビが「小和田駅」を示します。車を停め、対岸を見渡すと、確かに飯田線の駅らしき姿が(写真)。しかし対岸に渡る橋も、線路沿いに走る車道も、全くありません。これが3県境の駅、小和田なのです。あるのは歩道だけ、他のものを全く寄せ付けないような所です。多分カーナビで「小和田駅」と指定すると、この場所で「目的地周辺です!」と言うのでしょう。駅は静岡県(浜松市天竜区!)になります。間もなく、長野県です。



Shiroq11  更に進み、道が所々良くなっています。並走区間で、気付くと、2本の鉄橋が(写真)。「何線?」と思っても飯田線しかありません。佐久間ダム関連か、その他の理由か、線路が付け替えされた姿で、左奥が現在線、右手前が旧線です。側面表記には「第1北沢橋りょう」と書かれていました。



Shiroq12  ここから暫く道路は、飯田線旧線と並走しています。右手に滝の流れる沢、その横を鉄橋が(写真)。これも飯田線旧線のようで、新線は周辺を通っていません(トンネルなのでしょう)。「精進沢橋りょう」と書かれていました。手に届きそうな高さでした。



Shiroq13  間もなく平岡、というところに見えた、旧線の橋梁(写真)。橋梁名は失念しましたが、前後はトンネル、北側のトンネルの先はシェッドになっており、側面の穴から入れるように保線用階段が設置されていましたが、入口には金網の扉が設けられていました。



Shiroq14  そして平岡へ。かつて機関区があった、という位の敷地があり、その跡地を潰し、「龍泉閣」という天龍村村営の温泉施設が駅舎に併設され(正確には駅が併設されている)、余地は駐車場等に利用されています(写真)。ここで日没、取材を終え帰途に就きました。



 やはり、豊川鉄道や鳳来寺鉄道、伊那電気鉄道は、割と平坦な所を通っているので、建設は比較的楽でしたが、山間部の人口希薄地帯を通した三信電気鉄道は、非常に建設の困難な場所を通っています。それを通したことは、すごいことです。当時の苦難が偲ばれます。



 今後とも、時々飯田線がらみは取材したいと思います。それでは、次回をお楽しみに。でも、道路トンネルも単線用だったなあ!

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