最果ての地へ

Soyaq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は過去の資料映像から。久しぶりに北海道ネタです。



Soyaq2  鉄道写真を本格的に撮り始めたのが平成9年、その翌年である平成10年9月に、北海道の稚内へ行きました。その当時はまだ「スーパー宗谷」もなく、札幌から稚内へ行くことは、一日がかりの大旅行でした。



 写真は午前10時過ぎに札幌駅に入線する、「宗谷」編成です(写真)。手前からキハ400(キハ40直噴改造車)147、同143、キハ182 38(一般車併結改造車)、末尾稚内寄りがキハ480(キハ48直噴改造車)300番台(車番不明)の4連です。当時、団臨用お座敷車にキハ400を3両捻出するために、特急用ながら余剰のあったキハ183系中間車キハ182の変速機を3両改造、同時に冷房用発電機を搭載し夏期対策も行われました。同列車折り返しは夜行急行「利尻」で、中間にスハネフ14 500番台を挟みます(気動車・客車併結編成を見なくなってから、かなり時間が経ちますね)。正直デコボコ編成ではあります。



Soyaq3  到着すると、特大の「宗谷」ヘッドマークを取り付け、出発準備が始まります(写真)。



Soyaq4  中間車のサボ(写真)。キハ182にもサボ受けが設置されていました。



Soyaq5  平成17年4月に再訪すると、夜行特急となった「利尻」はキハ183系グレードアップ編成に替わっていました(写真、手前がキハ183 1501)。しかし中間のスハネフ14 500番台は変わりません。



Soyaq6  そして当時、それから現在まで続く宗谷本線の顔、「スーパー宗谷」です(写真、手前キロハ261 202)。キハ261系の投入で札幌~稚内4往復体制が確立されました(そのため旭川~稚内間運転の、キハ54急行「礼文」が廃止されました)が、その後残念ながら夜行特急「利尻」は廃止、「スーパー宗谷」2往復、「サロベツ」(かつては天北線(当初の宗谷本線である旧線)経由の「天北」だった)1往復で現在営業されています。



 正直言って、「まりも」も、「利尻」も、「オホーツク9・10号」も無くなり、北海道鉄道旅行は自由度が縮小しました。つまり、周遊券で車中泊が出来なくなりました。やはりご時世か。でも、復活するよう、心から願うのみです。JR北海道さん、寝台にも特急にもこだわらないので、どうか考え直して!



 明日は仕事のためお休みです。明後日はお届けしたいとは思いますが。それでは、次回をお楽しみに。

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ヤマダ電機の他店より安くするシステムについて ヤマダ電機では、ヤマダ電機の方の価格が高くて、他店の方が安かった場合、『他店のチラシを持っていくと、その他店よりも安くします』というシステムがありますが

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