来るべき時が来ました(後半戦)

Fujinoq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、先回の続き、帰り道です。



 昼の大分到着後、そのまま大分駅に居座り、取材を(その状況は延長戦にて)。そんなに長く居座ったのは、この写真を撮るため、そう上り「富士」の入線、出発を捉えるためです(写真)。皆が到着ホーム、3番線で構えるのは、反対ホーム4番線が短く、しかも普通電車が停まっているからです。やはり、理由がありました。



Fujinoq2  そして3番線に移動。先ずはテールマークを(写真)。車両は何と、スハネフ15 1(14系15形1号車)でした。14系15形は、14系14形より先に形式消滅となりそうです。



Fujinoq3  そして、先頭に(写真)。EF81 411が、伝統のヘッドマークを掲げ牽引します。



Fujinoq4  上り「富士」の方向幕(写真)。「東京 日豊線経由」というのが、かつて西鹿児島まで運転されていた、日本最長特急の時代の名残でした。そんな時代は、もう来ないのでしょう。



 そして「富士」の出発を見送り、その次の「ソニック」に乗車。しかしこの「ソニック」は中津で「富士」を追い越し、しかも小倉でも「はやぶさ」を数分先行し、門司まで先行する普通にギリギリ接続します。小倉では、猛ダッシュでした。



Fujinoq5  そして何とか「はやぶさ」門司駅6番線到着に間に合いました(写真)。牽引は、今朝と同じED76 90でした。



Fujinoq6  まもなく同機は編成から解放され、門司港方に移動します(写真)。



Fujinoq7  次に、既にスタンバっていたEF81 410が、「はやぶさ」に接近します(写真)。



Fujinoq8  同機は連結され、「はやぶさ」の編成ごと、関門トンネル入口脇の引上線に移動します(写真)。



Fujinoq9  もう一人の主役、「富士」はどうするか。門司駅5番線には、写真のような停止位置表示があります(写真)。「2レ」、すなわち上り「富士」の、機関車の停止位置目標です。



Fujinoq10  門司駅の電光掲示(写真)。これも、まもなくお別れです。



Fujinoq11  先ほどの停止目標の前で構えていると、先ほどのED76 90が、単機回送されていました(写真)。明日の準備でしょう。



Fujinoq12  まもなく、EF81 411が門司駅に入線します(写真)。大光量フラッシュで機関士の目が眩んだのか、停止目標の2メートル手前で停止してしまい、駅員は場内再力行を指示しましたが、車掌が扉扱いをしてしまい、そのまま停止しました。写真でも、その時の混乱の様子が分かるでしょう。その後ファンサービスで同機は暫く停止していましたが、その後解放され、引上線に移動していきました。



Fujinoq13  客車だけとなった「富士」に、EF81 410牽引の「はやぶさ」が、客車ごとバックして接近します(写真)。上野のような特殊弁ではなく、おそらく構内無線で交信し、連結を指示していました。



Fujinoq14  そして連結完了、エアホース連結、幌の設定等が行われます(写真)。



Fujinoq15  「はやぶさ」の方向幕(写真)。西鹿児島発の頃からの伝統でしたが、見られなくなるのは残念です。



Fujinoq16  そして全てが整い、出発信号を待つEF81 410牽引の「富士」「はやぶさ」(写真)。列車は東京、私は滞在先に向かいました。



 薩摩隼人から命名された「はやぶさ」が、何故熊本止まりなのか。それは客車の受け持ちが熊クマ(熊本鉄道事業部熊本車両センター)であることによるものです。熊本から川尻にかけて、かつての熊本運転所は巨大な客車受け持ち区所であるということが分かる施設が、保留車と共に残っています。足場のある洗浄線が何列も並び、華やかなりし頃の賑わいが思い浮かばれますが、今は単なる余剰設備となってしまいました。同様に機関車も大分鉄道事業部大分車両センター(「大」)受け持ちで、運用の都合で現在の終点が決まっていました。



 やはり、機関車も客車も昭和40年代のままの車両を使っている、そこに無理があったような気がします。もう少し早く手を打っていれば、まだまだ存続も可能だったと思うのですが、こんな世界的な不況で、やむを得なかったのでしょう。九州鉄道旅行の非常に大きな楽しみが、完全に失われてしまいました。



 もし乗りたいのであれば、「もう間に合わない!」とは思わないように。直前でも、ごく少数ながらキャンセル等の空きもあり、直前でもダメモトで予約してみると、条件は悪いかもしれませんが、寝台が取れることもあります。運が良ければ、乗れますよ。最後の機会、是非逃すことの無いように。



 次回は延長戦、大分駅での取材の様子をお届けする予定です。

コメント

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No title

北九州には格好い列車が多いね。熊本~川尻間の線路拡張は、昭和44年前後だったと思うけど?

No title

熊本~川尻の線路は昭和44年前後に拡張されたものだったと記憶してるが?

No title

よん・さん・とお(昭和43年10月)改正の頃が、国鉄の最盛期です。熊本の洗浄線跡も、恐らくその頃に建設されたものでしょう。現在同地では、九州新幹線の基地の建設を行っています。しかし、昭和50年代製の24系25形の保留車を見るのは、心苦しいです。
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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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