A Night At Ueno

Uenoq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、上野駅の夕刻の様子をお届けします。



 東向島を発った私は、そのまま上野へ。上野駅地上ホーム、一番西側の13番線は、この時間寝台特急専用のホームとなります。残念ながらこの日には、16時20分発”カシオペア”は運転されず、19時3分発”北斗星”が最初になります。電光掲示は写真のとおりです(写真)。昔は”北斗星5号・6号”までありましたが、今は1往復になりました。



Uenoq2  時刻表に書かれた時刻に、尾久から推進運転されてきた”北斗星”が、カニ24 505を先頭に入線します(写真)。残念ながら、現在下り列車は函館までカニが末尾で、社員が車輌の中の操作盤で操作、停止位置に据え付けられました。減便されたとはいえ今でもなお人気列車、まだまだファン以外の撮影者も多いです。そのため仁義を守らない人が多く、構える私の前に堂々と割り込む人が多数でした。もしファンなら私も真剣に怒りますが、しかし言っても分からない人にはエネルギーは使いません。



Uenoq3  尾久から推進し、ここから青森操車場まで牽引するのは、EF81 81(「田」(田端運転所))です(写真)。日立製、しかし製造年は摩滅し分かりません。この日の”北斗星”はカシガマ(”カシオペア”専用機)が入るという噂でしたが、普通の星ガマでした。なお”北斗星”の牽引機は、”カシオペア”共々EF510に置き換えが決定しており、EF81の記録は重要です。



Uenoq4  次は、”あけぼの”です。21時15分発、上越線経由青森行きです。電光掲示は、写真のとおりでした(写真)。



Uenoq5  こちらも定時に尾久から推進運転され、入線しました(写真)。社員が緩急車オハネフ24 25(24系3段寝台から2段寝台に改造された車輌、24系24形)の貫通扉を開け、監視し操作しています。



Uenoq6  据え付け完了し、社員が機器撤収後貫通扉を閉じ、出発準備が完了しました(写真)。”あけぼの”のテールマークが見えます。



Uenoq7  同列車の牽引機は、EF64 1030(「長岡」)でした(写真)。同列車は以前、青森運転所のEF81が上野までスルーする運用に就いていましたが、今年春から上越線区間はEF64に置き換わりました。通常はこの運用のため高崎車輌センターから移籍した37号機(茶ガマ)、38号機が運用に就きますが、この日は1000番台、1030号機(昭和56年川崎重工・富士電機)でした。EF64、0番台は中央線(東線及び西線)、1000番台は上越線というイメージがありますが、貨物機とはいえEH200が続々登場する現在、中央線にも1000番台は入線、0番台は続々廃車が続きます。残る機関車もJR貨物更新色が大半で、0番台国鉄色は本当に希少になりました。



Uenoq8  EF64 1030号機は、電車の工場入場時には牽引機になることから、連結器はEF63のような双頭連結器、ブレーキ等操作のための多数のジャンパ栓が輻輳します(写真)。EF63を彷彿とさせます。



Uenoq9  次は、23時3分の”北陸”です。電光掲示は写真のとおりです(写真)。



Uenoq10  ”北陸”も、定時に尾久から推進運転されてきました(写真)。据え付け後、スハネフ14 35から直ちに照明のカンテラが外されます。



Uenoq11  続いて、エアホースに繋がれた特殊弁が外されます(写真)。この特殊弁を操作すると、ブレーキのエアの圧力が下がり、それを検知した圧力計を見て機関士がブレーキを操作し、正確に列車が据え付けられます。昔は上野では日常的に行った操作でしたが、今では一日に数回のみです。カニ24には、この操作弁が内蔵されているのでしょう。



Uenoq12  そして扉を閉じ、”北陸”のテールマークが見えました(写真)。



Uenoq13  それを確認した社員の右手には特殊弁の装置、左肩には構内無線のトランシーバーと、カンテラを納めた袋が下がっています(写真)。勿論機関士との連絡に無線も使えるのですが、東京では電波少年による妨害が酷く信頼性が低いので、現在もなお伝統の手法が使われています。13番線に客車列車が入線する限り、ずっとそうでしょう。



Uenoq14  長岡で進行方向が入れ替わる”北陸”は、昔から上越区間は長岡車輌センター(「長岡」)のEF64 1000番台が受け持っています。この日は1031号機(昭和56年川崎重工・富士電機)でした(写真)。



Uenoq15  同機も電車牽引用の装備があります(写真)。1030号機同様ジャンパ栓が輻輳します。青森車輌センターの電車を郡山総合車輌センター(郡山工場)に入場させる際、第三セクター線を通さないためには、羽越線から遙か上越線を経由し、首都圏を通り郡山に入場するルートを通ります。そのルートでは交流電車は自力回送できないため、機関車が牽引するのです。そのため、JR東日本は、当面機関車を廃止する予定はありません。



Uenoq16  13番線には、”Cassiopeia 10th Anniversary”と書かれ、新車だったE26系客車も、10年経ったことが分かります(写真)。”As Time Goes By.”ということです。



Uenoq17  最後は、夜行急行”能登”です。しかし電車であり、事実上最終列車のためトラブルの多い列車のようで、特急用駅構内改札のある16番・17番線に入線します。16番線電光掲示には「”能登” 23時33分 金沢」と掲示されます(写真)。



Uenoq18  ”北陸”出発後間もなく、東大宮操車場から、金サワ(JR西日本金沢総合車両所)H3編成使用、急行”能登”が入線します(写真、クハ489 505始め9連)。この写真を撮れたのは、入場券でこのホームに入ったからではありません。



 これで今回の遠征の、最終章が分かると思います。しかし、長くなるので今回はここまでです。次回をお楽しみに。

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