古き路線を訪ねて(I)

Noaq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日3回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、野上電鉄と有田鉄道の取材を行いました。



 わかやま電鐵貴志駅を発った私は、一路下佐々へ。野上中学校隣の公園、旧下佐々駅そばに、野上電鉄モハ31が展示されています(写真)。オレンジと白のツートンです。線路跡の広い道路の傍です。



Noaq2  当時の面影を残す社紋(写真)。現役当時が偲ばれます。



Noaq3  同車には、解説板が添えられています(写真)。昭和9年日車製、阪神電鉄に納入、後に野上電鉄に入線した、とのことです。



Noaq4  もう1両ある、と本には書かれ、街中を探し回ったものの、見つからず、ガックリして帰る途中に見つけた車輌、モハ27(写真)。民家の軒先のような場所にあり、うっかりすれば見落とすところでした。



 ものの本によると、野上鉄道の残存車輌はこの2両だけのようです。いずれもヘッドマークが付いた状態で保存されていたようですが、盗難か、いずれも現存しませんでした。



 この後、日方(JR海南)方面へは、線路跡か緩い勾配のサイクリングロードが続き、痕跡が残っていました。



Noaq5  次は、藤並へ。旧有田鉄道の始発駅であった同駅、駅前には鉄道代行の有田鉄道バスも停まっていました(写真)。モダンな駅舎に、僅か数年で建て変わってしまいました。



Noaq6  平成18年9月に訪問した時の、跨線橋から眺めた写真(写真)。2番線新宮方面行きの隣の3番線に、有田鉄道のバラストの跡が残り、ここに鉄道があった跡が残っていました。



Noaq7  今回の取材時の状況(写真)。3番線側は無くなり、線路跡も舗装が始まっています。



Noaq8  そのまま終点、金屋口へ。広い駐車場は、有田鉄道関連企業のバス・タクシーがあるから。横には有田鉄道本社がありました(写真)。



Noaq9  その北側は、有田鉄道金屋口駅の跡です(写真)。改札は残りますが、駅名は外されています。



Noaq10  改札の西側は、ホームです(写真)。末期には、樽見鉄道からやって来たレールバスが、ここに入線していました。



Noaq11  駅の南西側は、車庫でした。未だキハ58003が残っていました(写真)。



 同車は、国鉄キハ58急行「アルプス」との併結用に富士急行が発注した急行形気動車で、両運転台が特徴となっています。なお、有田鉄道入線時にエンジンを1台下ろしています。



Noaq12  その南側には、軽トラ改造の軌陸車、その奥は保線用のモーターカーが残っていました(写真)。



Noaq13  その西側には貨車が残っていました(写真)。左側から、ワム1、ワ12、ト2、ト1、ヨ6114(ヨ6000形)でした。



Noaq14  その西側、県道沿いに、有田川鉄道公園という看板が立ち、線路跡が公園として着々と整備されつつあります(写真)。だんだん、営業線から公園に変わっていきます。



 野上電鉄、及び有田鉄道も、いずれも営業中には訪問できませんでした。今後とも痕跡が残ることを願い、今回は終わります。



 そして日没前の最後の姿を追い、最後の取材を行いました。次回をお楽しみに。

コメント

非公開コメント

カウンター
プロフィール

Seichiro

Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR