Off Line Days#2

Sadq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、昨日に引き続き近鉄を巡っています。最初の写真は、遷都1300年となる奈良平城京の、平城宮朱雀門(復元)です(写真)。



Sadq2  昨日の最後は大阪市交通局の地下鉄谷町線で、大阪に滞在したのが分かります。そして今朝も大阪から。地下鉄中央線に入線する近鉄7000系7101始め6連(写真)。後ろ向きですが、初号編成です。昨日も鉄道からオフラインとなり、さ迷った時にも”Pitapa”で脱出したのですが、今日も大阪市は”Pitapa”を使い、近鉄東大阪線との分岐駅、長田で一旦下車、その先は「新春全線フリーパス」で乗車します。



 そして生駒山脈を通過します。近鉄奈良線は、大軌が当初開業時、生駒山脈のど真ん中にトンネルを掘り奈良に向かったことが盛業の礎でしたが、その後に開通した子会社参急(現在の近鉄大阪線)が大型車体対応で設備を建設、車両限界の違いが長年車輌の共通化を阻んできました。そのため近鉄は新しい生駒トンネルを建設し、奈良線も大型車体に対応した設計に改められました。すると旧トンネルが使われなくなる訳ですが、その後東大阪線建設時に旧トンネルを再利用、施設の有効活用をしています。しかしフル加速で3分間、地下鉄としては長い駅間です。これ以上は、北神急行電鉄、新神戸から谷上へ登る区間位でしょう。



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 近鉄東大阪線7000系電動車、7207の生駒トンネル(新石切~生駒)通過時のサウンドです。フル加速で登っていきます。



Sadq3  乗り換えた電車が生駒で終点、生駒で終点の学研登美ヶ丘行きを待っていると、大阪市20系の原形、2934始め6連が入線します(写真)。堺筋線以外の全線で見られる20系、正面等外観が異なり、アルミボディで(他線はステンレス)、番号も4桁(他線は5桁)ですが、間違いありません。製造も平成元年です。



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 大阪市交通局20系電動車、2134の生駒から学研登美ヶ丘へのサウンドです。外観に負けないサウンドです。



Sadq4  終点学研登美ヶ丘間近に、開通イベントで撮影会を行った電留線があります(写真)。今日は7604始め6連、「南都銀行」ラッピング車が停泊しています。



Sadq5  近鉄けいはんな線終点、学研登美ヶ丘です(写真)。開通イベント時には何もなかった駅前も、少しずつ街になってきました。



 なお、今後ここから延長し、近鉄京都線と接続させる計画である、とのことですが、建設の時期は未定です。しかし、それができるような構造にはなっています。



 そして、来た道を戻ります。



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 乗り合わせた車輌は、7020系でした。電動車、7222のサウンドです。違い、分かりますか?



Sadq6  生駒で近鉄奈良線に乗り換え。奈良線ホームから、けいはんな線から東大阪線に入ろうとする7020系、7122始め6連が出発を待っているのが見えます(写真)。



Sadq7  奈良線の一駅東、東生駒駅横には、東大阪線が生駒で終点だった時代からの基地があります(写真)。左7110始め6連、右7108始め6連です。7108は、洗車中でした。



Sadq8  この洗浄線の奥は、奈良線から分岐する渡り線と繋がっています(写真)。東大阪線・けいはんな線は、直通する地下鉄中央線の電気方式が第三軌条750Vのため、同じ電気方式で車輌も製造されましたが、検車は五位堂検修車庫で行う関係で、この渡り線が設けられています。五位堂までは、電動貨車モトに牽引されます。軌間は、双方とも1,435ミリでした。



Sadq9  東生駒から、奈良線・京都線・橿原線の交わる大ジャンクション、大和西大寺へ。7000系デザインの元でしょう、左右非対称の3100系が、本来の用途である京都市交通局地下鉄烏丸線に乗り入れる運用(京都国際会館行き急行)に就いています(写真)。派手なラッピングの3120系の方が目立ち、奈良線運用で大阪なんばに顔を見せることもありますが、これが製造当初の目的とした運用です。



Sadq10  続いて、京都市交通局、1818始め6連がやって来ます(写真)。如何に営団6000系の影響が大きかったかを物語る車輌です。



Sadq11  続いて、阪神9000系9202始め6連、快速急行奈良行きです(写真)。阪神なんば線開業で、また新しい顔が見えます。



Sadq12  反対方向、阪神三宮行き快速急行、1000系1254始め6連が入線します(写真)。実は、近鉄と阪神は軌間が同じ1,435ミリですが、車体の長さが近鉄20メートルのところ、阪神は18メートルで、車体長が異なります。そのため、停止位置も異なり、運転手は阪神の車輌の時、「阪神6輌」と読み上げます。また、近鉄では編成の解結は日常的ですが、阪神は「なんば線」完成まで殆ど経験がなかったらしく、阪神の社員は苦労している、とも聞きました。「やわやわ」は慣れですので、頑張って!



Sadq13  この後京都にも行きたいと思いましたが、今後の予定の関係で、特急に乗りました。大和八木で12414(12410系、サニーカー)始め4連に22000系(ACE、番号は失念しました)を連結しました(写真)。



Sadq14  そして、大移動、賢島へ。特急を除くとワンマン各停しか走らない近鉄志摩線、昔数駅ごとに特急通過待ち・行き違い待ちを繰り返し大変だった記憶があったので、なかなか行けなかったのですが、久しぶりに行くことができました。



 賢島駅2番線では、23000系「伊勢志摩ライナー」が出発を待っています(写真、番号は失念しました)。2号車(サロンカー)に、一緒に乗るような相手は、いません。



Sadq15  そして来た道を戻ります。穴川少し手前には、線路のない架線支柱が(写真)。「志摩スペイン村」関連整備で、線形改良により付け替えられ廃止になった旧線跡です。このため、穴川駅も移動しました。



Sadq16  こちらも同様、白木近くの保線基地は、もとは白木駅のあった場所でした(写真)。



 これらは、もとは国鉄参宮線鳥羽を起点とした、三重交通の路線であったことに起因します。大阪万博関連で、宇治山田が終点だった近鉄を鳥羽まで延長し、賢島まで乗り入れすることが計画され、鳥羽以遠は三重交通の線形のまま改軌したために、線形上問題のある場所が残りました。しかも単線であり、現在もなお複線化が困難な場所もあります。鳥羽から先、特急のスピードがぐっと落ちるのは、こういう理由です。近鉄は、長年線形改良に心血を注いできましたが、やはり難しい場所でしょう。



Sadq17  そして宇治山田にて下車します。大阪から神都への直行線として建設された参宮急行電鉄、同線の終点として建設された宇治山田駅は壮麗な建物で、有形文化財としても登録されています(写真)。しかし鳥羽への新線建設、賢島乗り入れで3、4番線が使われ、1番線は使っているのを見たことがありません。



Sadq18  最後は、伊勢中川から少し戻った場所にある、いわゆる「中川短絡線」の工事の様子です(写真)。これも線形改良と思いきや、実はこの下を流れる雲出川の河川改修関係で、橋の架け直しが必要になった、との掲示がありました。成程。



 この後伊勢若松で下車、鈴鹿線平田町に行きましたが、日没で良い写真にはなりませんでした。残念。そして、帰宅しました。



 まだ明日も、有効期限が残っています。有効に活用したいと思います。それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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