秘境への道

Iihq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、「魅惑の飯田線秘境駅号」を取材しました。



 今朝も自宅を発ち、新幹線に。そして豊橋からは飯田線。団体臨時列車、373系特急車で営業されます(写真、クハ372 9始め3連)。間もなく、発車です。



Iihq2  正面のアップです(写真)。シール式のヘッドマーク、小和田駅及び国鉄色119系の絵入りデザインです。



Iihq3  列車は新城で停車。どうするかと思ったら、特急「伊那路1号」の追い越し、及び上り普通の行き違いが行われます(写真)。「伊那路1号」は373系静シスF12編成、行き違うのは豊橋行き普通、119系海カキR6編成です。特急に追い越されると、間もなく発車です。



Iihq4  次は、東栄で停車します。再度登場の「鬼」の駅舎です(写真)。駅前では、控えめに地元物産を販売していました。同時に無料で出していたお茶は、お茶の味がしました。



Iihq5  この駅での長時間停車は、飯田発特急「伊那路2号」の行き違い待ちでした(写真、静シスF14編成)。



Iihq6  暫く走り、大嵐(おおぞれ)に到着。駅舎は、東京駅を模したといいます(写真)。レンガ色ではありませんが、確かに丸の内中央口に似ているといえば、似ています。



 なお、本物の東京駅の現在の姿は、あくまでも「戦災仮復旧」の姿、アムステルダム中央駅を模して設計したなどと言えば、当初の設計者である辰野金吾が、墓から出てきて抗議するでしょう。東京ステーションホテルを閉鎖して現在復元中といいますが、大正期に完成した当時の、ドーム状の天井まで復元するでしょうか?



Iihq7  大嵐から少し、小和田(こわだ)に到着。駅は静岡県、天竜川の対岸は愛知県、少し進めば長野県の3県境にかかります(写真)。横には「恋愛成就の駅」の看板もありました。しかしその程度で成就するものなら、本ブログはとうの昔に最終回を迎えています。



Iihq8  ヘッドマークのデザインのモチーフになった小和田駅舎です(写真)。乗客約100名が一度に降りているので、こんなに混雑していますが、通常は人影もない無人駅です。



Iihq9  続いて長野県に入った中井侍駅です(写真)。急な傾斜に駅があります。斜面は茶畑になっているそうです。



 間もなく平岡に到着。ここで普通に追い越される関係で、1番線(下り本線)から転線、2番線(上り本線)に移動します。この間、乗客は一旦下車し駅の物産館で買い物です。私は迷わず地酒カップを買いました。



 下り普通が出発すると、続いて私たちの列車が出発します。



Iihq10  続いて為栗(してぐり)へ。駅前はダム湖、人家はなく吊り橋だけです(写真)。ここも恋愛成就の駅だといいますが、そんな簡単に成就しないのが恋愛というものです。



Iihq11  次は、田本です。駅南側のトンネルポータルの上が撮影ポイントで、写真のような光景が広がります(写真)。よくこんな所に鉄道を通したものです。



 同駅の壁面の転石は割と有名です。同じJRでも、西なら破砕というギャンブルをするかもしれませんが、東海もあらゆる工法を検討したものの、飯田線が何ヶ月も停まるような大事故になっては困るので、結局勇気が出なかったのでしょう。



Iihq12  次は、少し移動し金野(きんの)へ。駅前には駐輪場がありますが、廃車の自転車が数台あるのみです。周りに人影を感じません。



Iihq13  続いて、千代です。こちらも立派な駐輪場がありますが、中は空っぽです(写真)。



 何故こんな何もない所に駅があるのか。これは、元々人口希薄地帯である、ということもありますが、最大の原因は天竜川治水のため建設されたダムのために集落が水没し、移転してしまったからです。水没しなかった部分は残りましたが、過疎化で集落が小さくなり、殆ど残っていません。だから、利用も殆ど無いのです。この地域では新聞は郵便で送られ、その郵便配達まで電車と徒歩なのだと、テレビでも流れていました。一部には車も入れない場所もあり、駅の廃止も出来ないのでしょう。しかし、決して登山客のためだけのものではありません。



Iihq14  千代からは、すぐに天竜峡駅に到着します。天竜峡からは船下り、といきたいですが、時間の都合で船遊びになりました。写真の飯田線鉄橋(写真)で折り返し、駅前の舟乗り場に戻ります。カメラバッグで乗船客を1人分多くしたのは、私です。



Iihq15  そして天竜峡案内の後は、駅に戻ります。間もなく、午前に私たちを追い越した特急「伊那路1号」が、飯田で折り返し、特急「伊那路4号」として豊橋に向かいます(写真)。隣は119系海カキR1編成、岡谷行きです。間もなく、私たちも豊橋に向け折り返しました。そして帰宅しました。



 JR東海は鉄分の濃いツアーはしない、と言われていましたが、今回は割と鉄でも楽しいツアーでした。今後JR東海博物館も開館するので、それに併せて鉄分の濃いツアーなども検討して欲しい、と思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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