(続)正月早々

Mesq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、正月に続き名鉄を取材しました。



 今朝は先ず東名古屋港へ行こうと思い、朝は早く起きようと思ったのですが、仕事でも起きない時間だったため、惰性に負けてしまいました。結果遅くに出発しました。



 最初はやはり大江、デキ305です(写真)。隣には3500系3611が写っています。



Mesq2  その北側には、5番線(左)5005始め4連、4番線(右)5006始め4連です(写真)。5番線は東名古屋港行きですが、既に今日の仕業は終わりました。4番線は普通、金山止まりです。



Mesq3  大江から神宮前に戻り、名古屋本線知立へ。碧南行きに6004始め4連も入りましたが、やはり注目は、旧1番線(ホーム廃止、線路のみ)に入る、6001始め4連でしょう(写真)。ブルーリボン賞のプレートも入っています。知立駅は高架化の用地取得が進みますが、待ちきれないのか橋上駅舎だけ工事が進みます。この橋上駅舎は高架化完成後も使うのか、それとも一時的な構造物なのか、よく分かりません。



Mesq4  三河線山線猿投行きに乗り、知立を出ると、次は元の知立駅があった三河知立です。かつて衣浦臨海鉄道が出来る前は、三河線海線から知立の三角線をスルーし、三河知立から本線知立信号場に繋がる貨物線がありました。同線は名鉄の貨物営業廃止後廃止になったものの、線路跡は平成まで残っていました。現在は終端表示が立ちます(写真)。ここから名古屋本線豊橋方面に繋がっていました。



Mesq5  三河知立の次は、古典「伊勢物語」でも出て来る、「かきつばた」の三河八橋です。一ローカル線に成り下がっていた三河線山線でしたが、途中の豊田市がトヨタ自動車のお膝元であることから、豊田市まで複線化する計画があるのだそうです。それに先行し、三河八橋手前1キロ程から高架複線化されました(写真)。そのまま三河八橋は高架駅になっています。



Mesq6  駅の北側は、写真のとおりで、路線は単線ですが、複線で高架は完成しています(写真)。このまま後の伊勢湾岸道(新名神と新東名の中間を繋ぐ高速道路)の高架下まで、約1キロほど続きます。



Mesq7  3駅先の土橋は、名鉄豊田線車輌の夜間留置場所であり、大きな駅になっています。写真は駅北側からの眺めで、左対向式ホーム部分が通常の三河線上下ホーム(通常行違駅)、右ホーム及び側線2本が電留線です(写真)。早朝には同駅発豊田線、名古屋市地下鉄鶴舞線方面直通列車が2本あります。かつては地平駅でしたが、今は橋上駅になっています。バラストの色が新しい所が、かつての駅舎に繋がる歩行者用の踏切跡です。



 以前、特急車1600系が組成替えになり1700系+2300系30番台になる時に、一時猿投に疎開留置されていましたが、そのうちの1編成を使用し同駅でさよならイベントを行ったところ、同駅開業以来の人出となり、駅員が「嬉しい悲鳴」と言うほどでした。



Mesq8  その次、上挙母はかつての挙母線(廃止)の分岐駅でした。現在では大半は、国鉄岡多線、後の第三セクター「愛知環状鉄道」の敷地になりましたが、一部重ならない場所があり、田んぼの中の大築堤なども残ります。ということで同駅は現在、愛環新上挙母駅との乗換駅です。挙母線は写真左側にあった3番線から、岡崎の大樹寺(徳川家の菩提寺)まで繋がり、その先は600V軌道線の岡崎市内線に乗り換え本線東岡崎、国鉄岡崎まで行けました。その後廃線跡を辿った本では、「上挙母3番線は鉄道資材置き場になっている。」と書かれましたが、現在は駐輪場、資材置場及び住宅が一軒建っています(写真)。写真奥の、左への保線車輌用の分岐が、唯一の遺構です。



Mesq9  そして一駅、豊田市へ。分岐左1番線が猿投行き、分岐右3番線が知立行き、そして中間の行き止まり2番線が豊田線赤池・地下鉄鶴舞線上小田井方面です(写真)。名古屋市3050系3160始め6連が、停泊しています。



Mesq10  次の駅、梅坪で三河線と豊田線は分かれます。写真左の複線が豊田線赤池方面、右の単線が三河線猿投方面です(写真)。名鉄は各地に三角線がありますが、上小田井で犬山線に繋がる豊田線・地下鉄鶴舞線も、大きく言えば三角線で、運用を間違えると、方転します。



Mesq11  梅坪から3駅で、終点猿投に到着します。猿投には検車区(新川検車区の支所)があり、かつて気動車キハ20形等の基地でもありました。写真は114始め6連(豊田線・地下鉄鶴舞線用車輌)です(写真)。知立を起点とした三河線山線の車輌は、猿投側が若番ですが、豊田線・地下鉄鶴舞線車輌は、犬山線で向きが合うようになっており、知立側が若番になります。後には洗浄線が2線、手前側洗浄線には門形洗車機があり、6015Fが洗車中でした。奥は6016F、その南側が6002Fでした。



 かつてはここ猿投から西中金まで線路が続いており、1500V電化もされていましたが、晩年は電化設備が撤去され、気動車キハ20あるいはキハ30が運用に就いていました。現在は廃止されています。更に西中金から旧足助町境界(現在は豊田市に合併)まで、未成線の路盤跡が残ります。現在線路は、約200メートル、検車区からの入出庫が出来る距離のみ残ります。



 猿投は、布袋同様解体を待つ車輌の疎開留置先として知られています。1600系も、1000系も、7700系も、ここで解体を待っていました。しかし、今日は大江同様そういった車輌はありませんでした。取り敢えずは、一安心です。



 1000系の生まれ変わりである(新)5000系の製造も一段落し、車輌的には安定している名鉄、しかし3300系と3150系は増やしたい。次に手をつけるのは、(旧)5000系及び5200系の車体新製車5300系か、それとも6000系か。どちらを選択するかは、要注目です。ただ当面は瀬戸線、4000系の新製のみか。心配ではありますが。



Mesq12  続いて中京競馬場に行き、7000系パノラマカーの保存車を見に行きましたが、3月まで工事中で、見ることが出来ませんでした。運転台も覗く事が出来、良い施設でしたが、工事中では仕方ありません。



 そして本線特急で笠松まで行き、竹鼻線に乗りました。羽島市役所前から高架化され、江吉良も変わってしまったかと思いましたが、江吉良駅自体は地平のままで、大須に繋がっていた竹鼻線廃止区間も、敷地とバラストが残っているのが見えました(写真)。何故廃止になってしまったのか。



Mesq13  江吉良からは一駅で新羽島に到着(写真)。向こうには、永く東海道新幹線で最も利用客が少ない駅だった、岐阜羽島駅があります(現在は三河安城といわれる)。



 元々竹鼻線は、岐阜と「お千代保稲荷」の大須を結ぶことが目的で敷設された路線です。後に支線として新幹線との連絡線が計画され、昭和57年に江吉良~新羽島間が開通しました。そこで線の目的も変わり、逆に江吉良~大須間が支線のようになってしまい、結果廃止されました。八百津線や三河線のように電化施設を撤去されてからの廃止ではなく、1500V電化のまま廃止されました。そのため、廃止直後は、新しい架線支柱のコン柱も残っていました。



Mesq14 新羽島から折り返し列車は、笠松から直通急行岐阜行きになりました。



 岐阜からは各務原線。本線からの連絡階段を降り、地平の各務原線ホームに行くと、丁度渡りに舟が。7番線跡(美濃町線(廃止)車輌が入線したホーム)の記録を忘れてしまいましたが、電留線となった同線には、5300系が入線したのは覚えています。



 間もなく発車、一駅で田神に着きます。駅ホーム先には、田神から分岐した通称田神線、すなわち美濃町線と各務原線を連絡していた線路(廃止)があり、同駅上下線にはそれぞれ軌道線用の低床ホーム(鉄道線ホームの奥、踏切の反対側)がありましたが、現在は600V区間全廃で、撤去されました(写真)。



 かつては、この先に田神線の分岐、続いて田神線にはデッドセクション(一般には交直切替と思われますが、ここでは直流1500Vと直流600Vの切替場所)があり、その先には600V線の工場(岐阜工場)がありました。最寄り駅は市ノ坪、思い出すだけで悲しくなります。



 減量経営と600V線全廃で、遂に名鉄は総延長民鉄第2位の地位を、東武に譲り渡してしまいました(1位は常識、近鉄です)。



Mesq15_2 田神から乗車30分、途中には「苧ヶ瀬」(読んでみてください)も、民鉄最短駅間という「市民公園前」~「各務原市役所前」も行き過ぎ、新鵜沼へ。新鵜沼の高山線連絡線(神宮前発高山行き特急「北アルプス」(廃止)が、名鉄線から高山線に入る渡り線、1日に1往復しか走らなかった)も転用され、かつての名残はだんだん消え去っていきます。



 新鵜沼へ来れば、思い出すのは道路・鉄道併用橋であった「犬山橋」です(写真)。現在は道路専用橋がすぐ下流側(写真右手側)に建設され、旧橋梁は鉄道専用橋になり、その後上下の線路間隔が広げられました。現在は道路舗装もなく、鉄骨が見えています。



Mesq16 犬山橋を渡ったら、すぐ南側は犬山遊園です。犬山遊園からは、日本最古の跨座式モノレール、名鉄モノレール線が走っていましたが、老朽化により廃止になりました。現在もモノレールの線路が残ります(写真、左上)。一部の車輌は、終点で車両基地のあった日本モンキーパーク駅に保存されるそうです。



Mesq17 犬山遊園から一駅で、犬山へ。犬山からは、毎度の小牧線、名古屋市7000系の捜索です。写真は、羽黒信号場で行き違う342始め4連です(写真)。



 小牧線の運用は、データイムは15分ヘッド、1往復90分で、理論上は6編成で営業は可能です。朝夕は小牧折り返しがあり平安通~小牧間は10分ヘッド、1編成多くなりますが7編成で可能、名鉄300系8編成で営業は十分に可能です。行き違い列車、小牧及び上飯田の電留線もチェックしましたが、何処にもいません。あとは犬山検車場、でなければ名古屋市日進工場、位しか思いつきません。名古屋市に遠慮しているのか、それとも長期運用離脱なのか理由は分かりませんが、こうもお目にかかれないのは何故でしょう。平日ラッシュでも狙うしかないのか。考えても仕方ないのですが。



 そして帰宅しました。



 まあ名鉄も、車輌的には安定してきて、暫くは本線系での置き換えを心配する必要は無いようです。新車ネタがないのは残念ですが、廃車で慌てる必要もなく、まあ一安心か。暫くは瀬戸線6750系の心配だけで良いのか。たかが1600系の組成替えだけであれだけの観客が来るのですから、6750系の時は、多分来客多数ですよ。何処でやるのが一番良いのか。主要都市圏最後の吊掛車ですし。



 明日は、休載の予定です。



 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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