追憶のEF63

63q18_2  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、D100より遥か前、1997年(平成9年)9月末に廃止になった、碓氷峠関連の写真です。



 同年9月12日夜、昭和の頃からの相棒F-801を抱え、夜行急行「妙高」に乗り、日を跨ぎ横川着。既に車輌は急行形169系ではなく、特急形189系でした。



 横川のEF63連結を見た後、皆が車輌に戻るのですが、私はひねくれ、反対方向へ。丁度編成末尾になるEF63 18が、ヘッドマークを掲げ停止しています(写真)。降り続く雨が、運命を何よりも雄弁に物語っています。なお、こちら側が機関士のいる運転台です。



63q19_2  そして軽井沢着、機関車は電車から切り離され、協調運転を終えます。切り離された、EF63 19(写真)。18とペアでこの運用に就いていました。ぶどう色塗色のEF63は、当初2輌のみでしたが、最後に両機が追加され4輌になり、昔を懐かしむことが出来ました。



 なお両機は、現在横川駅前の「碓氷峠鉄道文化村」にて静態保存されます。



 当時は気にしていませんでしたが、やはり写真のデータバックは、今にすると鬱陶しいものです。これらの写真も、写真に入ったデータが故に芸術価値は全くありませんが、碓氷峠区間が営業された時代を懐かしむのには、十分でした。



 この区間の廃止では、大物政治家N氏が悪者扱いされていますが、世界一の鉄道登坂技術であったこの区間を復活させ、「碓氷峠登山鉄道」が設立されたら、是非会長になっていただき、あらぬ罪を晴らして欲しいですね。しかし残念、協調運転できる電車は、年々減り続け、実現は困難になりつつありますが。



 正直、同区間の途中で信号場のある熊ノ平(アプト時代は駅であり、「峠の力餅」を売っていた)も一般公開して欲しいのですが、いろいろあって難しいんでしょうね。残念。



 それでは、次回をお楽しみに。

コメント

非公開コメント

カウンター
プロフィール

Seichiro

Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR