因縁の場所

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、京都大津方面へ行きました。



 次回の長期遠征の準備で、現在調整中です。そこで今日は、再度名古屋市営地下鉄鶴舞線の取材をしようと思ったものの、今朝起きた時の雨音にガックリ来て、二度寝を。再び起きても雨音は消えず、結局地下鉄ネタは断念。今日はこのまま取材を止めようかと思ったものの、遠くへ行けば天候は変わるかな?と思い、少し遠いものの京津方面を目指そうと思い、愛車に装備を乗せ出発しました。



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 最初は大津。「大津市科学館」にあるとされた、C57です。当初膳所の現大津市科学館を捜索するも発見できず残念でした、と当ブログの記事に載せたところ、鉄道ブログを運営する読者の方から指摘があり(その方のコメントは、まだサイドバーに残っています)、再度調査したところ、地図上でも発見。そして今回、訪問となりました(写真)。C57 128、昭和15年三菱神戸造船所製です。



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 位置を変えてもう一枚(写真)。なかなか良い位置を見つけられませんでした。しかも、この撮影のための僅かな駐車でも、2時間でも駐車料金が同じで、割高に感じました。20分100円でも、怒ったりはしませんよ!



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 続いて経由地である逢坂山(あふさかの関)、東海道本線旧逢坂山隧道です。入口には写真のような標柱が立っています(写真)。



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 そして、旧逢坂山隧道です(写真)。史上初めて日本人だけの技術で貫通したトンネルです。



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 その解説板です(写真)。ここに書かれているとおりで、多くは語りません。JR西日本京都支社がこの看板を設置しました。



 現在の東海道本線のルートからすると、このトンネルの位置及び向きは変ですが、明治期の東海道本線は未熟な土木技術が原因で東山を貫通することが出来ず、伏見の方から現奈良線のルートを経由する遠回りのルートでした。奈良線は現近鉄奈良線のルートを経由していました。後に東山トンネルが開通し東海道本線が現在のルートとなり、奈良線も移設、このトンネルは放棄されました。



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 トンネルの扁額、「楽成頼功」です(写真)。三条実美の書です。明治期のトンネルの多くに、このような扁額が掛かります。



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 そして複線化で掘られた新隧道です(写真)。現在は京大の地震研究に使用されている、とのことです。



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 続いてこちらも因縁の場所、洛西の「SL公園」です。おおよその見当をつけ行ったのですがその場所にはなく、右往左往しているうちに後続車からはクラクションを鳴らされ慌て、側面に不安な衝撃が。ボディには傷はありませんでしたが、タイヤかホイールに当たっており、心配です。結局歩行者に「この辺で、”SL”って、ありますか?」と聞き、その方の言っていた位置にて発見しました!(写真)宇和島鉄道1号のレプリカ、”C1”でした。なお、横に立つ腕木式信号は、因美線で使われた本物です。



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 キャブの様子(写真)。装置があまりに少なすぎる感じがします。右側が機関士の位置のようで、加減弁が見えています。しかし残念ながらレプリカ、本物ではありません。



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 後方からの眺め(写真)。小さいレプリカながら、実感が出ています。



 ここから更に北山まで行きたい気はしましたが、多分閉園時間だと思ったので断念、帰宅しました。



 これで、大捜索し発見できなかった場所に、辿り着くことが出来ました。まあ、これでモヤモヤも消えました。



 最後に、950回を記念した訳ではありませんが、本ブログのデザインをリニューアルしました。やはり左右4分の1ずつを無駄遣いしていたのは勿体ない!やはり写真も大きく載せたいので、遂に念願が叶いました。今後とも、本”Tetsu”を、よろしくお願いします。



 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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