足回り#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、名鉄の、台車ネタです。


 先回は、3172の台車の写真が撮れたので、早速投稿しましたが、今回もちょっと収穫があり、2回目をお届けします。


 最初は、5300系に次いで古い6000系、6247の台車(写真)。ボルスタがあり、軸箱支持はSUミンデン式です。


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 続いて、6500系6520の台車(写真)。これも、ほぼそのままです。


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 次は、6800系6909の台車(写真)。世代的に、この形でしょう。


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 それでは、1200系となる予定の車輌、1116の台車(写真)。特急車でも、ボルスタのあるこの形です。


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 しかし、同一編成内の1366は、ボルスタレス台車です(写真)。昭和から平成への変わり目で、変わっています。また、指定席は一般席より若干古く、4連を2つに分割し、一方を方転して一般席車を接合しているので、こうなっています。


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 東名古屋港線の運用に就く、5000系5001F5001(写真)。1000系のリサイクル車、台車は種車のもの、ボルスタ台車です。


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 同じ5000系でも5014F5014では、種車がそうであったために、ボルスタレス台車になっています(写真)。1000系の製造年次による差です。


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 そして、3500系3501の台車(写真)。完全にボルスタレス台車です。


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 同じく、3504(写真)。VVVFと共に、ボルスタレス台車主流の時代でした。3500系、前の方からリニューアルが進みます。


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 続いて3100系3203(写真)。車体構造は大きく変化しましたが、台車はそのままでした。


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 3150系3168(写真)。再び、ボルスタ台車に戻っています。軸箱支持はモノリンク式になっています。


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 そして、同じく現在製造が進む3300系3309も、同じです(写真)。


 写真を撮り、乗った列車は5700系、これは新造5300系でもあり、撮りたかったのですが、盗撮と間違われそうだったので、ここで止めました。小型のカメラは、持ち運びには良いですが、盗撮と間違われやすく、注意が必要です。


 疑われないように写真を撮るのも、マナーなのかなあと思います。注意します。


 それでは、次回をお楽しみに。

追尾#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、名鉄ネタです。


 今日は取材をしない予定で、自宅発。オークションで落札したレンズが一つヘリコイドが固く、修理を依頼、今日受け取りました。ついでにバッテリーホルダー修理と、旧式フィルム機の特別オーバーホールを出しました。バッテリーホルダーはネジ一つ締めただけで直り、あっという間の出来事でした。旧式機の特別オーバーホールは3月までで、全部出すほどお金は無いので、もう一台出そうか迷います。


 そして、その後は名鉄の定点確認をします。東名古屋港、無し。解体も、新車もありません。大江、チキのみ。豊明、ホキのみ。結局、舞木まで行くこととなってしまいました。


 相前後しますが、舞木検車場の前を、3100系3122F+3500系3532Fの2+4連が通過します(写真)。この位置は、周辺が土地改良(農地の区画整理は「土地改良」と呼びます)が行われ、農繁期は嫌がられるでしょうが、今は農閑期、枯れた水田を前景に、上りは午前遅くから昼間で、下りは昼から夕方まで撮れそうです。


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 そして、検車場に入っている車両を確認します。


 一番東は、4連のうちの2連、前面は6500系の前期の形です(写真)。車番は、下回りが写らず、分かりません。


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 続いては、1200系リニューアル車、1113Fの一般車、1513始め4連(3~6号車)が停まります(写真)。塗装は補修予定の場所が削られ、リニューアル完了前に再度補修のようです。


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 その西側は、1200系特急増結用の1800系、1806F2連です(写真)。基本編成に続き、付属編成もリニューアルが進みます。デビューから四半世紀、リニューアルは当然か。


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 その西側は、1016Fの4,5号車、1216と1466が並びます(写真)。リニューアル工事を待っているのでしょう。


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 その西側は、2000系「ミュースカイ」、2011F4連です(写真)。


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 一番西は、2200系指定席車、2208と2258が留置されます(写真)。


 今回は、EL120がありそうな場所に行きましたが、何れにもおらず、犬山辺りに居そうです。今回は、追尾しきれませんでした。


 最近の名鉄の新車は、製造する日車が、JR東海の仕事で忙しくない春遅くから初夏の納車が多く、納車されると続いて廃車回送を見ることとなり、今はその何れにもEL120形が関与することから、EL120形の動きというのはその手掛かりであり、重要なものです。今後とも、注視していきたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

足回り

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、台車ネタをお届けします。


 別館ブログを多数立て、鉄道というものの興味は沸く一方ですが、その中に、「台車」という分野があります。乗り心地に直接影響する部品で、かつ「究極」が無く、各社苦心する部分です。名鉄電車の台車を、気まぐれに撮影するうちに、そこそこ写真が貯まってきたので、そこで第一陣を公開したいと思います。


 リサイクル車5300系に次いで古い系列となった6000系、6028の台車(写真)。完全なボルスタ台車で、ボルスタアンカが特徴です。軸箱支持は、SUミンデン式です。


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 それに続く6800系、6906の台車(写真)。これもほぼ同じボルスタ台車で、SUミンデンも同じです。


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 続いて、1000系リサイクル車である5000系、5106の台車(写真)。これも種車の影響でボルスタ台車、SUミンデン式です。


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 続いて、7500系リサイクル車の、1030+1230系1531の台車(写真)。台車が妙に新しく、ボルスタレス台車で、ボルスタアンカの位置にはヨーダンパが入ります(写真)。軸箱支持はSUミンデンで変わりませんが、既存車をボルスタレス台車に改造する、試験なのでしょうか。7500系がボルスタレスということはありませんし。


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 そして、今後1200系と変わる1000+1200系、1414の台車(写真)。SUミンデンのままボルスタレスになっています。バブル末期で、ボルスタレス台車が主流となる時期でした。


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 そして、現在の主力3500系を飛ばし少数派の3700系、3805の台車(写真)。SUミンデン、ボルスタレス台車で、ヨーダンパが入ります。これは3500系とも同じです。


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 その2連版、3100系、3220の台車(写真)。これも、同じです。


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 次は、「ミュースカイ」2000系を見ていきます。2000系は3連10編成で運転開始、翌年に1輌増結、及びその組成変更中の代替車2編成がデビュー、時期が2つに分かれます。


 写真は、当初からの車両、2105の台車(写真)。SUミンデン、ボルスタレスで、空気バネ振り子の車体傾斜がある関係で、通常は1つの、台車横の支持金属棒が2本になっています。


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 追加製造された、2112の台車(写真)。見た目は、違いが無いように思われます。時期が何年もずれると差が出てしまいますが、1,2年の差であったため、ほぼ同じです。


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 そして、現在一般形は4連の3300系、2連の3150系が製造されますが、これは3つに大別出来ます。初期の、反射液晶方向幕の車両、これもセミクロスシート車とロングシート車で違いがあり、最近のLED方向幕の車両です。


 ロングシート車、3259の台車(写真)。3100系とほぼ同じ、SUミンデン式ボルスタレス台車です。


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 しかし、最近の製作、3272の台車です(写真)。ボルスタ台車に戻り、しかし軸箱支持はモノリンク式に変わっています。


 名鉄も、瀬戸線4000系から、ボルスタ台車に戻っています。瀬戸線は、急カーブが多いので、ボルスタレスでは支障があると言われ、それで回帰したと思っていましたが、それ以降もボルスタ台車で、まるで京急の影響を受けたようです。ボルスタレス台車も、究極では無いということです。今後も、随時更新していきたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

遊園地

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、「日本モンキーパーク」を取材しました。


 正月のフリーきっぷのおまけは、モンキーパークのペア入場と、河和港発の船の割引券。モンキーパークはフリーでしたので、期限が切れる前、今日行ってきました。


 前日遅くまで投稿しており、今朝は目覚ましを止めてしまい寝坊。昼近くになってから出発しました。


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 そして、入場。最初は息を切らして丘に登り、いつもどおり「若い太陽の塔」を撮りました(写真)。岡本太郎作、大阪万博の「太陽の塔」前年の作です。一時荒廃していたそうですが、復活しました。


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 「若い太陽の塔」は、真ん中が展望台で、螺旋階段を登ります。


 展望台から見ると、真っ直ぐに園地に続く林の切れ目を発見(写真)。防火線とも思われず、ちょっと見に行きます。


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 地上には、コンクリート製の機械室のような箱と、真っ直ぐ降りる坂道が見えます(写真)。ここでは、ケーブルカーかリフトか判断出来ませんでした。


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 下の園地に降りると、緩い階段状の部分と、横の点検用の階段が分かりました(写真)。ケーブルカーなら滑らかであることから、恐らくリフトか、索道があったものと思われますが、そうすれば、返しの部分はどうなっているのか。まだまだ、研究の余地がありそうです。


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 続いて、遊具「レッツゴートーマス」です(写真)。


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 この遊具には、ルート延長を確保するため、内側をループしてから戻る配線で、途中に直角のダイヤモンドクロッシングが入っていました(写真)。軌道ファンなら、萌えてしまいそうです。


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 続いて、遊具「ごきげんアンパンマン」です(写真)。今日は2輌使用でしたが、最大4輌使えるようです。


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 続いては、遊具「ZooZooトレイン」です(写真)。鉄軌道系の遊具も多いです。


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 そして、かつて犬山遊園から犬山成田山を通り、モンキーパークが終点であった、「犬山モノレール」。先頭車101及び中間車201が保存されます(写真)。「日立アルヴェーグ式」の跨座式モノレール、東京モノレールの原形でしたが、施設等の老朽化により廃止され、遺構もほとんど撤去されています。


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 モノレール車両のすぐ後はレールが切れ、かつて整備工場があった場所は業務用駐車場になっています(写真)。モノレール用トラバーサもありましたが、現存しません。


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 車両の前もレールが切れ、モノレールを跨いでいた歩道橋が、痕跡を残しています(写真)。


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 歩道橋から先を見た姿(写真)。柵が高く、乗り越えるのは困難です。路線は、「ダビンチピンチ」の方向に続き、切り通しであったのがわかります。


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 歩道橋の先は、「日本モンキーセンター」です。別料金となるため、中間改札を越え、すぐ先がモノレールの駅です。出札の跡(写真)。まだ、残っています。


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 その横は、改札及びコンコースで(写真)、階段を降りるとモノレール駅ですが、封鎖されています。場内用のトゥクトゥクが置かれています。


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 「日本モンキーセンター」は、サルの動物園で、「京大霊長類研究所」のキャンパスでもあります。そのため、かつては100種類、現在でも40種類の猿が飼育されます。


 最初は、「ヤクニホンザル」が、焚き火にあたる姿(写真)。中でサツマイモを焼いており、焼いたイモをサルが食べるそうです。これは、通常野生動物は火を恐れるので、日本で唯一の姿です。


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 続いては、ボリビアリスザル(写真)。やはり、他の動物に捕まらないよう、はしっこいです。


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 続いて、ワオキツネザルです(写真)。大体暖地に住む野生のサル、冬期は飼育員(通常は獣医)も大変です。


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 最後は、リンゴを食べるチンパンジーです(写真)。動物も、エサを食べると心が安まるそうです。


 そして、帰途に就きました。


 鉄軌道ネタ以外もありますが、お許しを。でも、ネイチャーフォトは、相手が気まぐれな動物であり、大変です。


 それでは、次回をお楽しみに。

はつもうで

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、「新春1DAYフリーきっぷ」を使用し、名鉄を取材しました。


 例年正月は名鉄を訪問するパターンで決まっており、しかも豊川稲荷から始まるのも例年です(写真)。今年は2回使用せず、3日からとなりましたが、今日から始めました。


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 今年の撮り初めはトイレでしたが、最初の電車は名鉄3300系3309でした(写真)。急行豊川稲荷行きです。


 そしてそのまま豊川稲荷で参拝しましたが、3日ということもあり、やはり数は減っていました。


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 折り返しは、6942(6800系6842F)、普通国府行きです(写真)。この編成の前後には、正月のヘッドマークが掲出されます。運転士右上、すなわち写真左上窓部に掛かっています。


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 国府では、3501F3601に出くわしました(写真)。正面及び側面方向幕はLED幕で、車内照明もLEDホワイトでした。


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 そして、新安城へ。急行吉良吉田行き、3500系3526Fでした(写真)。


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 そして、吉良吉田の中間改札を抜け、蒲郡へ。6000系ワンマン車、6010Fです(写真)。


 JRで豊川から蒲郡であれば、豊橋経由で簡単です。名古屋からでも一本であり、それが蒲郡線苦境の理由でもあります。「フリーきっぷでもいい、乗って欲しい。」が、偽らざる心境でしょう。


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 そして、吉良吉田まで戻ります。いつ見ても、吉良吉田の配線は興味深い。碧南方面が先に出来、西尾からの線が後付けで合流したのが分かり、三河鉄道の無念を伝えます。


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 そして、吉良吉田急行は折り返し津島経由佐屋行き急行になりますが、時間の都合で津島行きを断念。神宮前から空港特急岐阜行きに乗りました(写真)。まず間違いなく2200系、2312(2212F)です。


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 名鉄岐阜で階段を降りると、間もなく列車が出るとこと。慌てて乗りました。


 田神駅は、かつて美濃町線の支線である田神線の分岐点で、600V区間の車両用の低床ホームもありましたが、現存しません。少し先には、1500Vと600Vのデッドセクションがあり、線路跡が残っています(写真)。


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 その先は、市ノ坪にあった600V区間の工場、岐阜工場に繋がる橋がありましたが、現在は撤去されています(写真)。その先の岐阜工場跡は、パチンコ屋になっています。


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 名鉄最短駅間、市民公園前から各務原市役所前を眺めた図(写真)。本当に、数百メートルです。


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 そして、新鵜沼から大きく南に曲がり、犬山方面に向かいます。犬山橋は、かつて鉄道・道路併用橋として有名でしたが、現在は道路橋が別に架かり、鉄道専用橋になりました(写真)。新鵜沼も特急「北アルプス」専用の「鵜沼短絡線」の跡がありましたが現在は道路となり、痕跡はだんだん失われていきます。キハ8500形も高速巡航形の気動車、短区間停車では本来の性能を発揮出来ず、会津鉄道が手放すのもやむを得ません。


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 そして、ここまで来たので、犬山遊園で下車、犬山成田山に参拝(写真、山門)。成田山新勝寺の分院です。


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 そして犬山へ行き、新可児経由で御嵩へ(写真、6012F)。中山道御嵩宿です。ここもワンマン区間、今後が危ぶまれる区間です。


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 戻り道、明智駅を西側から眺めた図(写真)。左1番線が八百津線(廃止)、中2番線が広見線御嵩行き、線路を挟み右3番線が新可児行きです。八百津線は、LEカーでも維持出来ず廃止、バスが代行します。歴史だけでは維持出来ない、といういことです。


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 そして犬山に戻りますが、南側に犬山検車区が見え、今朝吉良吉田から営業しながら犬山に帰庫した6011Fと、名古屋市営地下鉄7000系7101が見えています(写真)。名古屋市7000系は、2編成8輌の小所帯、線路は他の名古屋市営地下鉄と繋がっておらず、検車も結局名鉄車両同様に舞木で行われました。


 そして日没、帰途に就きました。


 寝正月で朝起きられず、かなり時間を無駄にしました。明日から仕事、きちんとしたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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